こないだポチを新大阪まで送った後、

御堂筋に乗った帰り道、隣に座ってるおばあちゃんに急に話しかけられた。

私がはいてるチェック柄のズボンについて
「こういう格子柄の生地って高価なのよ。仕立てもいいし、高かったでしょ?」
から入り、生地の話をされました。

私はそーゆーことに慣れてなくて
(むしろ初めてかも…)
突き放すことはしなかったものの、

ただはい、はい、って話が終わるのを待ってた。

話が終わったなと思ったら聞いてたiPodのイヤフォンをつけなおした。


おばあちゃんは何駅かして降りていった。





またこないだ、近所のスーパーで音楽聴きながら惣菜を探していたら

おばちゃんが話しかけてきた。
「見てこれ。安くなってる。
これにしよーかしら。」


私はやっぱりただびっくりして愛想笑い。
「安いですね」

でおばちゃんが二言三言話して終わった。

おばちゃんから離れて少ししてまたそこの近くを通ったらおばちゃん他の誰かにも話しかけてた。





そん時に思ったんだ。



あ、私、間違えたなって。





地下鉄のおばあちゃんもスーパーのおばちゃんも誰も何も傷付けるつもりなんてなくて、
たわいもない会話をたわいもない人と楽しみたかっただけだったのに。


私は警戒して、防衛して、

おばちゃんたちのちょっとの心の安らぎにもなってあげられなかったなんて
クズすぎる。。


例えば、あのおばあちゃんは一人暮らしで昔は旦那様も子供もいたけど、
何かの事情で今はあんまり会えなくて
久しぶりの外出の帰りでウキウキしていて、帰って一人になる前に楽しいなって思うことをもっと他人と共有したかっただけなら?


スーパー買い物にきたあのおばちゃんも一人暮らしで、だけど昔は幸せな家庭があったけど事情があって…



とか考えると涙が出そうです。

ただの妄想ですが…笑




私はザ核家族かつ街で育ったので近所のネットワークとかほぼ皆無で
助け合いの精神なんてありません。

悲しいことです。



ちょっと今までの話とはずれるけど


今日、会社からの帰り家近くの踏切が電車の遅延によって開かずの踏切となり
小さい踏切に人がわんさか踏切開くのを待ってました。
小さな町なので老人多し。

やっと開いたと思ったけど、
こっちから押し寄せる人波とこっちから押し寄せる人波の合流で進むペースは劇遅でした。

そしたら案の定半分も渡らずに
カンカンカンカン!

一同騒然。


私は前のゆっくり歩いてる老人には目もくれず
我先にと横にすり抜けて道でない線路を渡って渡り切りました。

あーよかった、私だけでも助かったぁ。

と思ったらふと老人たちが気になって
後ろ振り返ったら

サラリーマンのお兄さんが踏切の棒を上にあげてみんなが渡り切るのを待ってました。


もう自分が恥ずかしくてしょうがなありません。

こういうことをやる私は、きっと震災が起こったら助け合うことが出来ない人になるんではなぃだろか。。


恥ずかしぃ。。。





なので今日から
もし悪意のない会話を赤の他人にされ
た場合にはこちらも花を添える気持ちで話をしたいよ。

その人が今日一日気持ちよく眠れるようにしたいと思った。



今日、電車降りるときに私のコートのボタンが隣のおじさんのチャックについてるひもがひっかかってしまっていた。

おじさんも気付いてとってくれて

「すみません、ありがとうございます。」

ってニコッと笑ったら向こうもニコッと笑ってくれた。
他人の笑顔でもこんなに気持ちがいいもんなんだなぁ。


とっっても勉強になった一日でした。







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