一  話      キラキラ

二  話           キラキラ

三  話                キラキラ



鏡に描かれた、海辺のホテルの窓は相変わらずブラックライトで

照らされていたが、とんちんかんな変な花は、もう目に入ってこなかった。


岩崎宏美の 「ロマンス」を、歌い続ける。

あ、あかん、記憶が甦ってくる。声が詰まって歌詞についていけなくなる。


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「オレな、はじめてお前が全然整理されていない資料をガサって抱えて

編集室に入ってきた時、これは運命だって思った。やっぱり守らないと、

そういう運命なのかもって。いかにもどんくさそうだったし。笑」


入社したばかりの私は、スポットCMに何が必要なのかもよくわからず

大量の資料と共にバタバタと階段を降り制作会社に駆け込んだ。

S氏と名刺を交換した。


S〇竜也さんか。ふ-ん。よかった、担当が優しそうな人で。。。。

それが当時の私の感想。


「テニスも昔と同じ。笑 1人どんくさかったよな?運動音痴なのを

いい加減に認識しろよな。オレぐらいだよ。お前の運動に付き合えるのって」


確かにそうだよね、ほーんとそうだよね・・・

運命だと思ったなら、どうしてその場で言ってくれなかったの?



「運命ならそういう運命になると思ったからだよ。気がつくのおせーよ。

遅すぎ。 ロマンス は生まれなかったもんな?」 と煙草に火をつける。


来た時よりずっと元気になっている。カラオケの最後にこんな話に

なるとも思っていなかったんだろう。でもよかった・・・

と私も少し冷静になりつつ、力を振り絞って、


ロマンスが生まれるわけないじゃない・・・・と作り笑いで切り替えしたが、

もう涙が止まらない。


ブラックライトの変な花に象徴される?、S氏が誰なのかも

気がつかなかったしょうもない私。いつもの私。


「今日はありがとう。借りは返してもらったよ。嬉しかったよ」





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その朝、柔らかい光に目を覚ました。ゆっくり夜が明けていく。


そこは団体が食事をすることができる宴会場っぽいレストランだった。


前日の夕食は、そのまま一部干乾びたまま置いてある。私は

昔の飲み屋にあったようなビロードの生地のソファで、眠ってしまったようだ。

そういう布特有の臭いが髪から漂った。


連日の練習でもちろん筋肉痛もあるのだが、それだけでない、そんな

ところで変な寝方をした、鈍くぎこちない体の痛みのために、

弱い明るさで目が覚めてしまった・・というような感じ。本当にだるい。




その日の練習で、最後までタイムを出せなかった私は、

苦手な背泳ぎの50m20本の追加を命じられた。


その地点でもう午後9時少し前。私以外で泳いでいるのは、同じ200mの

個人メドレーの男子代表の竜也君だけ。

彼は、私とは違って得意種目を持たないから個人メドレーになったのでなく、

明らかに速いからと言う理由で選抜されている。

春の東海大会では優勝しているし。言わば期待の星。私とは違うレベル。


彼は夕方過ぎの地点で、自分のタイムを更新し、ノルマも片付けて、

練習を終われる状態になっていた。


しかし悲劇なのは、同じ種目を泳ぐ人間は、誰か1人でもタイムに

乗れないと連帯責任で全員が同じメニューをその者がタイムが

出るまで泳がされるのだ。悲惨。


竜也君、本当にごめん。。。私のせいでいつもいつも居残り練習。

他の種目のチームでは、このために仲間割れやけんかになることも多く、

喧々囂々としている。ピリピリした空気がプールサイドを重たくする。


みんなが少しずつ引けた夜のプール。私たちだけになって泳ぎ続けた。

でも私のタイムは一向に出ない。

その日、20本の背泳ぎの追加を言われた時には、私の足は痙攣していた。


竜也君は、必死で、私の足にタオルを巻き、トントンたたいている。

いつもいつも、迷惑かけてごめんね。と、声にならない声で言ってみる。

「気にすんな。オレも練習嫌いだから、こういうことにでも

ならないと練習しないからさ」  笑いながらあっさり言う。


本気で言っているのかどうなのかはわからなかったが、こういう事態で

竜也君にいい加減にしろって言われたことも、冷たく当たられたことも

本当になかった。他の種目のチームではあり得ないことだ。


カルキの臭いと、屋内プール特有の空気は更なる苦痛を呼ぶ。

竜也君と一緒だということだけが、その時の私の支えだった。


痛いのと気持ち悪いのとで、プールサイドで動けなくなっている私に、

「ほら、20本で終わりだぞ。泳ぐだけでいいんだぞ。行くぞ!!」

竜也君が先に飛び込んだ。


今思えば鈴木大地のように、なかなか浮いてこない泳方。

「潜水してたほうが楽だろ?」 以前そんなこと言ってたっけ。

レーザーレーサーなんてなかったし。笑

ようやく痙攣の治まった足は、ガクガクしているが、泳ぐしかない。

泳げばいいのだ。タイムはもはや関係ない。


不安と、どうにもならない疲れと、自己嫌悪とこれからへの恐怖。

明日私は生きてここにいるのかも疑わしいとさえ思う。もう嫌だ、助けて。

竜也君、そんなに先に行かないで、お願い・・・・・



どれだけ時間が経ったのかも、どうやって合宿所であるホテルに戻り

食堂の宴会場に行ったのかもほとんど覚えていない。

他のみんなはとっくに食事を済ませ、部屋に戻っているはずだ。


「なーんかさぁ、こんな冷めてかたくなったもの食べられないよなー?」

竜也君は、食事に手を付けられないでいる私に気を遣ったのかどうか

わからないが、そう言ってお味噌汁を一気にすすった。


そのあたりから記憶がない。おそらく崩れるようにその場で寝たのだ。



薄あかりの中で、よく見えないが、かすかに寝息が聞こえる。あれ?

もしかして竜也君?????あ、あーーあぁ、何てこと。

竜也君もあのままここで寝ちゃったんだ。。。。。。。。。。。。。。。

ゴメンナサイ。。。ホントに、、、。


人のことなど思いやる余裕なんてどこにもなかった私。

ボストンバッグの水着セットの中から新しいタオルを出して、

竜也君にかけようとした瞬間に、彼が目を覚ました。


「あ、おはよ。何だよ。あれ?オレこんなところで寝た?」

そうなのよね。多分私の方が先に寝た。笑


まだ起床まで時間あるから、部屋に帰って寝なよ。疲れている

んだから。そんな言葉を聞いているのかいないのか、

干乾びた夕飯の残りを食べだした。

「今なら食えるよ。」って言って笑った。


その笑顔になぜかほっとした。お皿に取り残された角切りの

人参を同時に見たことが私たちに妙な間を作った。

それにもなんかほっとした。


竜也君がそこにいた。確かにいた。私もいた。

胸が詰まった。


「うわー、見ろよー!!まるで初日の出のようだぞー、すげーーっ」


水平線の向こうから大きな太陽が昇り始めていた。

急に眩しい光を浴びて、潤んだ目は更にうるうるになった。

海辺のホテルで、私たちは並んで朝日に包まれた。



一晩中かかりっぱなしになっていたラジオから流れていたのは・・・・


・・・・・・・・あなた、お願いよー、席を立たないでー、息がかかるほどー

そばにいてほしいー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あなたが・・・・・・・・・・・



「何で泣いてんだよー。ばーか、泣くなよ」 

わけもなく溢れてくる涙をとめることはできなかった。




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