ナンでもみじかなモノごとに、つなげてかんがえてしまう、どーもハムでーす


でもコレってとーっても重要で、じぶんだったらー?っていきてると、じぶんにとってけっこーたかーいカベであっても、いまんトコはのりこえられましたー

もー歴史としても風化しそーなので、有名人や名車とじぶんをいっしょにして、みていただければさいわいでーす


1963年、プリンス自動車工業のスカイラインが、フルモデルチェンジされマス


S50D-1スカイライン1500デラックス

マーチでシンクロナイザーとかいいましたが、他車にさきがけもーコノ時代から装備されてマスねー


1964年


S50D-1スカイライン1500デラックス

$関係者による“Sub”log
1964年5月3日に鈴鹿サーキットでおこなわれた、第2回日本グランプリT-Ⅴ(ツーリング1600)レースでの、カー№30杉田幸朗選手のポジフィルム


コノときのムービーがコレ


T-Ⅴクラス:S50D-1スカイライン1500デラックス

GT-Ⅱクラス:S54A-1スカイラインGT


GT-ⅡとはグランドツーリングⅡクラス

ハムのP東京MS室マーチ同様、生産車のレースでは自動車メーカーや出場者サイドが、一定期間内の生産台数・エンジン排気量・車両改造内容の詳細ナドを申請する義務がありマスねー

じゃーなきゃー、ナンでもアリになっちゃう

そのホモロゲーション(承認・認証)獲得のため、いーっそいで100台生産し完売しました


コノS54A-1スカイラインGTってまず、運輸省(現・国交省)の車名に2000がナイ

そして生産車は、イタリアのウェーバー製キャブレターが1コ

インストルメントパネルにはヨコにうごくでーっかいスピードメーターがメインで、ダッシュボードに潜望鏡みたいなタコメーターがあとづけされてマス

で、シフトレバーがながーいのねー


ポルシェ904カレラGTSの、式場壮吉さま

おくさまは、欧陽菲菲さん

関連人物は、浮谷東次郎さま・本田博俊さま・杉江博愛(徳大寺有恒)さま・福澤幸雄(福澤諭吉の曾孫)さま

ムッシュかまやつさん・堺正章さんとともに、ファッションリーダーでもありマス


スカイラインの、生沢徹さま

関連人物は、中嶋悟さま


スカイラインの、砂子義一さま

carXsでおなじみ砂子塾長こと、砂子智彦さんのおとうさま

日産ピーズモータースポーツ(現・プリンス東京モータースポーツ室)より、プリンス東京スカイラインGT-Rにて、N1耐久(現・スーパー耐久)に参戦


1965年


S50D-1スカイライン1500デラックス


2月にS54A-1スカイラインGTが、S54B-2スカイライン2000GTになりました

イタリアのウェーバー製キャブレターが3コ

タコメーターが、インストルメントパネルに

シフトレバーがまっすぐに

トランクにはバッテリーと、99ℓのガソリンタンクが


あとある程度、ちゃーんと追記

住友電工製ダンロップの、フロントディスクブレーキ

リアはアルフィンドラムブレーキに、トルクロッドとスタビライザー

ハブボルトは5本で、ホイールは5穴

無反射ガラスのおくのタコメーターには4,400rpmと5,600rpmに、最大トルク・出力である17.0㎏·m・125PSそれぞれをしめすしるしが

シートはリクライニングしません

オプショナルパーツの5速

ナルディタイプのステアリングホイール

ってもー、日本初のオンパレード


そして9月に、S54A-2スカイライン2000GT-Aが追加されマス

イタリアのウェーバー製キャブレターが1コ

リアフェンダーがナロー(ほっそり)

ココでプリンス・2000・GTナドのエンブレムは、青の採用によって区別されマス


したがってS54B-2スカイライン2000GTは、スカイライン2000GT-Bとなりマス


S54B-2スカイライン2000GT-B

コノあとの日産プリンスS54A-3スカイライン2000GT-A・S54B-3スカイライン2000GT-Bは、コーションプレートからフロントグリルなどがかわっちゃいマス


プリンスのコーションプレート・ツートンのボディカラー・オマケにナンバーまで、まさにハムの理想のスカイラインです


でもココは諸先輩がたにおまかせしw、R32へ選択と集中させるw、ハムでしたーw


あとある程度、ちゃーんと追記

クロスフローのG7B′エンジンを搭載した、S54C-Rスカイライン2000GT-Cがおりまして、砂子義一さまによってニュルブルクリンクをテストしておられマスねー