また、「大量殺人」が始まった。米国・イスラエルのイラン攻撃(アメリカ・イラン戦争)のことである。どんな理由があろうと、「人殺し」は許されない。なぜ最後まで外交努力によって問題を解決しようとしないのか。
すでにイランでは民間人を含む千数百人の死者が出ているという。それは、 私たち日本人ひとりひとり、そしてトランプ大統領とも同じ重さの、たった一つの生命、たった一つの人生が、それぞれ瞬時にして断ち切られてしまっていることを意味している。その罪深さを、トランプ大統領はもう一度、深く胸に刻むべきだ。
ノーベル平和賞受賞をあれほど望んでいたはずのトランプ大統領は、一転して自ら戦争を起こした。ほかにも不倫や、女性への性暴行、さらにはエプスタイン問題での未成年女性への性虐待疑惑。そして民主主義への挑戦、関税による世界経済への攻撃、大学の学問の自由に対する弾圧、移民の強権的排斥、温暖化対策への不参加による地球環境悪化などなど、あらゆる〝破壊〟に手を染めているように見える。
中でもとくに戦争は、「人間が人間でなくなる」争いだ。だからこそ、起こしてはならない。戦争が起こるたびに私たちは、人間とは何と愚かで、浅はかで、むごたらしく、救いようのない存在なのか、ということを思い知らされてきた。だからもう、こんな愚行を繰り返すのは止めてもらいたい。
そして、もう一つ指摘しておきたいのは、こうした戦いの理由や動機に、どれだけの「真実」があるのか、ということだ。かつて、映画「アラビアのロレンス」のモチーフになった「イギリスの二枚舌」、戦時中行われていた日本の「大本営発表」、イラク戦争開始への引き金になった「大量破壊兵器保持疑惑」などなど。過去の例を取り上げるまでもなく、いつも戦争は卑劣な嘘にまみれ、その嘘が何の咎(とが)もない民を巻き込み、多くの命が失われてきた。
今回の攻撃ではアメリカから、イランによる「核弾頭を積んだICBM(大陸間弾道ミサイル)開発」の脅威という、もっともらしい理由が提示されている。しかし、その開発の確証は示されていない。だから戦端を開く理由はまだ「疑惑」の段階にすぎない。ところが、アメリカ・イスラエルは先制攻撃に踏み切った。そんな「言いがかり」のようなもので、尊い人命が失われていいのか。もし、その戦争の理由が真っ赤な嘘だったら、いま失われている命は、何のための犠牲なのだろう。いくら日本が米国の同盟国だとしても、ただお人好しに容認している場合ではないのだと思う。
(2026.3.5 風狂老人日記)
※このブログを書いて掲載したあと、7日のTBSの番組「情報7dayニュースキャスター」の中で、アメリカの攻撃がAIを使った無人機を使って、無人機に搭載されたAIが自らの「思考」で作戦を考え、チームで協力し合い、イランの迎撃をかいくぐって効果的な戦果が収められている、という衝撃の内容を伝えられた。これが本当だとすると重大なことだ。「人殺しの方法をAIにすべて委ねてしまっている」からだ。この「非人間的な戦争」を平気で遂行できるのだとしたら、いまだウクライナへの侵略を続けるロシアのプーチン大統領同様、トランプという権力欲の権化に、「狂気」さえ感じずにいられない。この戦争が人として許されるものなのか、国際社会は精査して、厳しく糾弾すべきだと思う。