いま「フェイクニュースの免疫学 信じたくなる心理と虚偽の構造」(サン・ヴァン・ダー・リンデン著、みすず書房)を読んでいる。少し難しい本だが、SNSなどによって膨大な情報が瞬時に世界に拡散するようになった時代にあって、虚偽情報にだまされないためには「必読の書」だと思い、購入した。読めば読むほど、衝撃的な事実が明らかにされる。ぜひ読んでほしい。

 言うまでも無く、私たちは、スマートフォンなどを通じて、自分の思うことや、新しく知ったことなどを、発信できるようになった。しかし、一方で、この発信力を利用して、他人をだましたり、誤った方向に導こうという邪悪な人間も増えている。この本は英国ケンブリッジ大学の教授が、現実に起きている例を挙げながら、だまされる人間心理、虚偽情報の特徴、だまされないための免疫(ワクチン)などについての研究を紹介している。

 奇しくもいま、日本では高市首相が自民党総裁選などで、他陣営に対する誹謗中傷情報をSNSで拡散していたとの週刊誌情報について、国会で取り上げられている。その真偽はともかくとして、こうしたSNSを利用しての、選挙結果を左右させようという妨害や誘導活動は、すでに世界で起こっているのだという。

 この本によれば、2016年の米国大統領選では、トランプ陣営が「ケンブリッジアナリティカ」という民間会社に依頼して、対抗馬で民主党のヒラリー・クリントン候補の評価を下げるようなフェイクニュースを発信していた。それが、ただむやみに発信するのではなく、刮目(かつもく)すべきは発信の対象が、フェイスブックなどSNSに残されている買い物や友達との交流、よく読んでいるニュースの種類、「いいね!」の数や対象などの履歴情報(デジタルフットプリント)から割り出した、人種、居住地域、支持政党、投票履歴などをもとにしていたことだ。

 もっと具体的に言えば、選挙の激戦区に住んでいて、前回選挙で民主党のオバマ候補に投票した黒人たちに向けて、ピンポイントで「投票に行きたくなくなるような」情報を発信したのだ。もちろんオバマ人気に比べてクリントンに対する支持が高くなかったことがあるかも知れないが、この作戦が奏功したように、投票率は前回より約20%も下落した。こうしたピンポイントで、有権者や消費者に情報や広告を発信することを「マイクロターゲティング」と呼ぶ。いまでは世界48カ国にこうした世論操作ともいうべき情報発信を請け負うコンサルタント会社が存在している。私たちも知らないうちに、自分の性格や政治信条、商品の好みなどを割り出されて狙い撃ちされるかも知れないのだ。

 人間は感情の動物だから、信じたいものを信じる。だから、いくら正しいことを示されても、感情が許さないと、かたくなに妄信を強める傾向すらある。そして情報は、「真実」より「嘘」のほうが伝わりやすい。興味深いもの、刺激的なもの、恐怖を煽るもの、驚きを覚えるような情報は伝達を早める。「こんなニュースが出てたよ!」と、SNSで友達や知り合いに転送してしまうことが、数時間もかからずに数百万人に届いてしまうことにつながる。真偽を確かめている暇は無い。

 一言にフェイクニュースといっても、単なる誤情報以外に、陰謀論や科学的な根拠のない迷信、特定の人間への誹謗・中傷などいろいろある。しかし、いったん我々の脳に定着してしまうと、なかなか払拭できない。例えば、トランプ大統領が「詐欺の基盤だ」と言ってはばからない地球温暖化(温室効果ガス)に対する認識もその一つだ。

 いまや世界の気候学者の97%が「人類が地球温暖化を引き起こしている」という主張に合意している。なのに、「科学者にはコンセンサス(合意)がない」との誤情報が人々の中に残っているために、論争が続いている。これには2002年、「科学的な論争には決着がついていない」というイメージを恣意的に広めた米国ジョージ・W・ブッシュ政権の世論操作が影響している。中でも、気候変動を認めない科学者の署名3万1千人を集めたという「オレゴン地球温暖化請願書プロジェクト」が一役買っていた。ところが、この署名者には科学者以外の名前も含まれていた。すべて科学者としても、アメリカの科学学位取得者に対する割合はわずか0.3%にすぎない。しかし、慎重になった報道機関が賛否両論を併記するニュースをいつまでも流し続けたため、「論争は決着していない」という考えが蔓延してしまった。いくら信じている事でも、疑問を投げかけられると信念が揺らぐ。そうした人間心理を巧妙に利用した手法だろう。

 そうしたフェイクニュースによって間違った思い込みに陥らないために、著者が研究で生み出したのが、医学的によく行われている「ワクチン接種」だ。実験の結果、偽情報という「ウイルス」に感染する前に、正しい情報や、偽だと暴露された情報を「接種」(学習)させると、偽情報に触れたときでも、鵜呑みにすることが少なくなり、すでに偽情報を信じたあとでも、正しい情報を信じる割合が増えることが分かった。

 さらに著者の研究で、フェイクニュースの6つの特徴が明らかになった。それは、信用を貶(おとし)める行為▽感情の操作▽二極化▽なりすまし▽陰謀思考▽荒らし行為。

 「信用を貶める行為」とは、トランプ大統領がいくつかの大手メディアを名指しして「フェイクニュースメディアは私の敵ではない。アメリカ国民の敵である。最低だ!」とX(旧ツイッター)に投稿したように、長年信用されてきたメディアの情報を否定することだ。否定されたことで、とくに政治家の支持層などから信頼を失い、閲覧も減少する。

 「感情の操作」では、感情に訴えることで、人々の反応を引き出す。「嫌悪」「懲罰」「非ナチ化」「殺人」「憎悪」など刺激的で不安や怒り、不快感などを引き起こす言葉を交ぜ込むことで、注意を引きつけ、多くの拡散を狙う。

 「二極化」とは、人々の分断化を深める手法。政治的なら右派と左派、米国なら共和と民主など対立するグループの溝を広げるような情報を発信して、過激な行動へ駆り立てる。

 「なりすまし」では、例えば「偽の医師」などを登場させ、「新型コロナウイルスのワクチンには有害物質が含まれている」などの偽情報を発信するテクニック。 

 「陰謀思考」は、事実を一部混ぜ込みながら、架空の物語に誘い込む。ケンブリッジ大学などの調査によれば、アメリカ人の37%が「世界の出来事は単一の秘密組織に操られている」、29%が「政府は異星人をひそかにかくまっている」、33%が「ワクチンの有害な副作用が意図的に隠蔽されている」と考えているという。

 「荒らし行為」では世間の認識を覆す情報を発信して、社会の混乱を引き起こす。

 さて、長くなった。こうしたフェイクニュースに〝感染〟したくない読者は、実際に本を買って勉強してもらいたい。3800円と高いが、緻密な内容からすれば、コストパフォーマンスはかなりいい。

 この本を読めば読むほど、NNSがもたらした情報社会は、便利である一方、恐ろしいリスクも含んでいると感じている。とくに権力者や大企業がSNSの拡散力、到達力を悪用して、人々を政治的に偏った行動や、利益につながる広告の閲覧などに誘導し始めている現実を知ると、やがて情報の多くは「真実」とはほど遠い「フェイクニュース」ばかりとなって、人間は情報管理された牧場のなかで生きる「家畜」に成り下がってしまうのではないかと暗澹(あんたん)とする。「表現の自由」を尊重しながらも、何らかの規制をすべき時ではないのか。そうしたデイストピアを招かないように、SNSに触れる機会の多い若い人たちに、ぜひ読んでもらいたい。(2026.6.16 風狂老人日記)