これまでちらっと話に出てきましたが、

私の家には、わんこが2頭わんわんわんわんいます。

いずれも強運の持ち主です。


今日は長男:竹千代の話を少しさせてください。


MIXの男の子で、現在たぶん3歳10カ月くらい。

(プロフィール写真の茶色のわんこ)

このブログの第1・2回に登場しています。

たぶん、というのは、

おそらく生後1か月くらいで捨てられていたところを

私たちに出会い、家の子になったから。



その日のことはよく覚えています。



お正月の1月3日、神戸市西区のとあるバス停。

夫の職場に新年の挨拶をするため

差し入れのお菓子の箱を両手に提げて歩き始めたとき、

藪にちょこんと座っている仔犬と目が合いました。


まるでたぬきみたいなその仔犬は、まだおぼつかない足取りで

必死にあとをついてきたのです。

ひたすらに、わき目もふらずに・・・


そして病院の門のそばで立ち止まると、仔犬も立ち止まり、

抱き上げたら安心したようにじっとしていました。



抱き上げた重さは、いのちの重さ。


やわらかくて暖かくて、
はじめて経験した重さでした。


いのちをあずかる責任を感じました。



腕のなかからつぶらな瞳で見上げた仔犬に、

夫は本来イヌ嫌いといいつつも

「連れていきたんだろう?いいよ」といってくれました。



帰りにフードとトイレシートを買い、

翌日、あいている動物病院を探して

診察していただき(健康状態は超良好でした)

不動産屋さんに飛び込んでペット可の物件回り。

(その当時住んでいたマンションはペット不可だったのですショック!


そしていま4歳間近。

いたずらもしましたが、よく育ってくれました。


明石市のマナードッグ第一期生に選ばれ、

その後、レッスンを経て晴れてセラピードッグに。

いまでは老人ホームを訪問して、

みなさんに触っていただいたり、

一発芸を披露して喜んでいただいたり

貴重な時間を共有しています。


竹千代は電車も新幹線も得意中の得意で

(私は免許をもってません)、

駅に着くと、自分からキャリーバッグにさっさと入ってしまいます。


散歩の途中で

子どもたちに触られてもじっとしているし、

お年寄りがむこうから近寄れば、

何もいわなくても脇にずれます。


腰の悪い母が一緒だと、

母の歩くのにあわせてゆっくりゆっくり歩き、

ときどき立ち止まれば

「だいじょうぶ?」とばかりにアイコンタクト。


私がこれから仕事で出かけるというときや

すごく疲れているときなどは

散歩に出ても、ごく近くでさっさとトイレをすませ

「もう帰ろうよ」と立ち止まります。


散歩で私が腕時計を見ると、

「帰るの?」と心配そうな顔をし、

「だいじょうぶよ」といえば元気に歩きだす。



ときどき不思議に思うのです。


竹千代はいちおう野良の時期もあったはずなのに、

人間大好きで、

家の中で人と一緒に暮らすことをあたりまえのように思っていて、

(はじめから、家の中になじんでいました)

すごく人間くさいところがあって、

・・・ときどき私に似ていて。


私と出会ったのは偶然ではなかったのかもしれない、って。


竹千代は、私に自分が必要だとわかっていて、

私を待っていてくれたのかもしれない、って思うのです。



・・とはいえ、あの寒空の下、

藪の中で震えていたわけですから、

やっぱり竹千代は強運の持ち主。

ほかの人も通っていたはずなのに、

私を選んでついてきたのも、強運?得意げ



いずれにしても、強運なわんこがそばにいる私は、

とてもとても強運にちがいありません。


少なくとも、子どものいない私に

「いのちをあずかる」ということがどういうことか教えてくれました。


ちいさい命を育てる喜び、

ともに社会貢献(なんてちょっと大げさですが)できる喜びも

竹千代が教えてくれたこと。


何より、「不自由なこと」の楽しさを知らせてくれたことに

心から感謝しています。


ついつい仕事最優先で、

自分の決めたスケジュールどおりに

さくさく物事が進むことに慣れきっていた私に

「人間の生活はそういうものじゃない」と思わせてくれました。


効率的に動くだけが人間の価値じゃない。


頭でわかっていても、そのことを生活で実感したのは

竹千代のおかげ。



そして、竹千代はたくさんの人のつながりを運んでくれました。

お散歩であう人たち、トレーナーさん関係、

ミクシィの友だち、セラピーレッスンの友だち・・・

竹千代の縁で、仕事の話をするようになった人もいます。



強運なわんこに運を運んできてもらった、としみじみ思います。



もちろん人間でもそうですよね。

強運な人がそばにいるということは、

きっとその人も幸運なはず・・・

だって、幸せのオーラはまわりの人も幸せにしますもの。



まわりが幸せな気分になれないなら、

その人はたんに「ついてる」程度かも??