Hamayanと猫 絵を描く暮らし -7ページ目

Hamayanと猫 絵を描く暮らし

猫と暮らすHamayanの制作の日々を綴ります。

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  毎月第二日曜日の午前中は、デッサン教室をしている。旦那の食堂は日曜日が定休日なので、テーブルを片隅に寄せて、イーゼルを並べる。生徒さんたちは、木炭デッサンや油絵や水彩画など、それぞれ自由に制作する。お昼を過ぎたあたりで、ぼちぼちお茶タイムとなる。

  11月の教室の後、パリジェンヌの卵たちの初顔合わせをすることになった。お茶タイムをきりあげ、生徒さんたちが帰った後に、急いで床を掃除してたら、ぼちぼちとメンバーが集まってきた。美代ちゃん、厚子ちゃん、西川さん、美智子さん、夏生ちゃん。みんな、ちょっとしたお菓子なんかを手に。

  「みなさん、家族からの反対とか、ありませんでした?あんなことが起こるとは思ってもいなかったけど。」衝撃的な事件だ。いろんな人種、国籍の人が暮らすフランス、パリ。差別がないとは言わないけど、日本とは比べ物にならないくらい共生している印象があった。そこで起こった事件。それも、借りたアパートのすぐ近くだ。  一人か二人は旅行を迷うんじゃないかと思った。
  しかし、全員が、私が死んでも困る人いないからみたいな返事。困る人がいなくても、悲しむ人はいるし、怖い目にあいたくないとか、そのあたりの話だと思ったが、一人も不安を訴えるどころか、この店は行きたいよね、なんて盛り上がっている。たくましい限りである。

  厚子ちゃんは、ちょっと前に夏生ちゃんのお店で会った。大人しそうな印象を受けたけど、LINEのやり取りの中でのユーモアは天下一品。靴屋さんや古着のセレクトショップをチェックしていた。西川さんも控えめな感じ。美味しいバターやチーズをチェック。美智子さんは、ただニコニコとしてみんなの話を聞いている。夏生ちゃんは、いろいろとワイナリー巡りについて語っている。美代ちゃんも、随分調べたのだろう。パリのパン屋について近所のスーパーの話かと思うほど詳しく説明していた。なかなかのテンションになってきた。

  私は  空港からアパートまでの移動手段を迷っていた。一人の時は、安く上げるため鉄道で市内まで出る。そうなると荷物を持って移動しなければならない。みなさん、なかなかの大きさのスーツケースみたいだし、ちょっと大変そう。タクシーか、現地の旅行会社の送迎かというところ。たまたま、美代ちゃんと私は同じ旅行会社をチェックしていた。シャルルドゴールからアパートまで100ユーロ。これならタクシーより安い。メールを出してみる。すぐに返事は来なかったけれど、まあ、急ぐことではない。


  一回目の集まりは、パスポート情報を入力したり、ワイナリーツアーについて話したり、アパートについて話したりで時間は過ぎていった。二回目の話し合いは1月の第二日曜日と決まった。

  フランスに行くなら、ぜひ会いたいと思う人がいる。アランだ。彼は、私が大学8年生(?)の時のフランス語の先生。フランス帰りの私は、人格的な理由で(先生に嫌われたため)フランス語の単位をいただくことができずにいた。今だったら大問題だ。先生が好き嫌いで単位を出さないなんて。7回の試験の平均点が96点だったのに不可だったので、なぜですかと質問しに行ったら、はっきり、嫌いって言われた。これには驚いた。私はその先生が嫌いではなかった。私が描いた似顔絵が気に入らなかったのかしら。上手くかけてたのに。当時はバブル時代。みんな、やりたい放題。先生も生徒も。あの手この手を使って、外国人講師の授業に変更した。外国人だったら、私を嫌わないかもと期待したから。そして出会ったのがアランだ。30歳。怖い先生だったけど、似顔絵を描くには素敵な素材だった。瞳は私が大好きな緑色だし。この人なら、全身描いてみたいなぁなんて思ってるもんだから、すぐ、仲良くなった。残念ながら、恋には落ちなかったけど。卒業後も20年以上、プライベートレッスンを受けていた。先生というより、友人というか、お兄さんみたいな存在。フランス人だけど、フランス語を話してる印象がほとんどない。初めて会った時から、見事な日本語で、私はフランス語どころか、日本語も訂正されていた。空手を愛する彼は、身長185㎝でギリシャ彫刻のような体格だ。博多でフランス語の学校をしながら、あちこちの大学で講師をしていた。3年ほど前、日本人の奥さんと二人の息子を連れて帰国。この前の夏、博多で久しぶりにあったのだが、一度くらいフランスで彼に会ってみたい。立派な西洋人の見てくれなのに、どうしてもそう思えないほど、彼は日本に馴染みすぎていた。フランスであったら、フランス人っぽく見えるのかな、とずっと思っていたから、確かめたい。
 しかし、メールを送っても返信がなく、ちょっと残念だった。



  二回目の話し合いの頃には、彼にメールを送ったことも忘れていた。送迎を頼んだ旅行会社にワイナリーツアーも頼むことにして、メールを出した。ボルドーのホテルも駅前に予約を入れた。その旅行会社とのやりとりは、ぶっきらぼうな印象はあったけど、なんか、信用できそうだった。メニューを選んでクリックという感じではなく、メールで話し合ってる感じ。少しずつ、パリジェンヌへの道は形がはっきりしてきた。

 しかし、その夜、アランからメールが入る。アランは日本からの旅行者の案内やいろんな手配の仕事もしている。「今日、旅行会社にワイナリーツアー、オーダーしちゃったよ~~」残念でたまらない。会えたら会おうね、くらいのメールでその夜は終わる。LINEにこのことをあげると、夏生ちゃんが直ぐに、旅行会社のツアーをキャンセルして、アランさんに頼もうと言ってくれた。嬉しかった。それでアランに直ぐメールを送るけど、これもなかなか、返信こず。そのうち、Skypeでスムーズに連絡が取れるようになってホッとした。どうやら、私たちの直前にも博多からのグループが旅行に来るらしく、パリで落ち合うことになった。

  3回目の話し合いは、出発の1週間前。ただ、ひたすらに嬉しい気持ちだった。すべての必要な準備は整い、ひたすらにフランスの寒さを恐れて、何を着ていくか、持っていくかに終始した。(アランが寒いよ~寒いよ~と脅かすせいもある)私もみんなも、セールになってる冬物を買いあさった。

1週間後、私たちはパリジェンヌになる。