パリジェンヌへの道 ⑤ 出発 | Hamayanと猫 絵を描く暮らし

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猫と暮らすHamayanの制作の日々を綴ります。

 旅立ちの朝が来た。ちょうどこれを書いている今から、4週間前の朝である。月曜日なので、まず子供たちの弁当を作る。1週間彼らの弁当はどうなるのだろう。そんなことを思いながら、いつも通りのあり合わせの弁当。次は掃除。愛猫に話しかけながら、お気に入りのレモンの香りの洗剤を使って丁寧に。それから居間の壁に張り紙をした。「家族仲良く」私がいないことでイライラして、喧嘩するのではと心配した私からのメッセージ。
  
  荷物は1週間前にはつめていた。一度開けると二度と締まらないような気がして、何を詰めたかもう、忘れかけてるけど、いいや。飛行機の中は寒くはないだろうと、控えめに着込む。この1週間は天気予報に振り回された。この出発の日に雪マークが出たりしたから。1月に南国九州には異常な雪が降った。73年ぶりというから、私が生まれるずっと前以来。といっても、山間地で50センチ、街中は20センチくらいかな。それでも、ほとんどの交通機関がストップして、水道管はあちらこちらで破裂した。もし、この出発の日に雪が降れば、きっと交通機関は止まる。福岡空港までバスで1時間半の町に住む私たちはとても心配した。でも大丈夫だ。少し寒い朝だけど、雪は降っていない。旦那が起きてきた。駅前のバスセンターまで送ってくれた。6時。もう、パリジェンヌの卵たちは集まって談笑している。出発口の横にバスセンターの職員が小さな机を置いて切符を販売している。4枚綴りの割引切符を3組買って、引率の先生みたいにみんなに配る。まもなくバスが来た。

  バスの中では厚子ちゃんと並んで座った。私はディーンフジオカについて語り、彼女は桃の香りのする職場の青年について語った。

  空港の敷地内にバスが入った頃、LINEが入る。長男から。彼は1年前から東京でパティシエとして働いている。働いているというより、修行だ。ハードな生活にちょっと疲れている頃に三日間の休みをもらって、朝一番の飛行機で帰ってきた。そんな日に私は旅行に出かける。とても残念なタイミングだ。ただ、うまくすると朝、空港出会えるかもと期待していた。彼はすでに福岡空港に到着していた。国際線のターミナルまでくるという連絡だった。彼の顔を見たかった。
  搭乗手続きが始まっていたので、すぐに列に並び、荷物を預ける。息子の顔が向こうに見えた。手続きを済ませてからのそばに行くと、自分の店のチョコレートを2つ差し出す。ブランデーに付け込まれた巨峰がチョコレートでコーティングしてある。私の大好物だが、一個450円もする代物。あの少ない給料から飛行機の切符を買い、お土産まで買ってきてくれたと、親バカな私はうるっときた。「6人も一緒だと思わなかったから、2つしかない。」申し訳なさそうに言う。私はその1つを彼のピアノの先生だった美代ちゃんに渡した。美代ちゃんはとても喜んでくれた。マシュマロマンみたいにふくふくと幸せそうな容貌の彼は、スッキリとした顔つきになっていた。少し痩せたな。そう、思ってまた、じわっ。ちょっとだけ話して別れた。後ろ髪を引かれる思いで出国手続きに向かった。

  出国すると目の前で、博多銘菓の「ひよこ」が台に積み上げられて、それに中国の人々が群がっていた。頭からたべるのかなぁ、お尻から食べるのかなぁ、なんてくだらないことを考えた。免税店を一周した。普段あまりお化粧をしない私だけど、免税店では必ず口紅を買う。普段しないから、化粧品をあまり持っていない。だから、数年に一回の旅行の時に買う口紅で、だいたいまかなう。今回も口紅は持っていなかったので、すぐ買った。
    まもなく搭乗して韓国、仁川空港に向かう。大韓航空は福岡からヨーロッパに行くには、あまり時間がかからず便利だ。30年前も大韓航空だったが、当時は、ソウルで6時間待ち、アンカレッジで給油。パリに着いたのは出国して24時間後だった。乗客に韓国の人はほとんどのいなかった。今はソウルから11時間くらいでパリに着く。乗客もほとんどが韓国の人だ。
仁川空港はとても立派だ。免税店には膨大なコスメが並んでいる。エステシャンでもあるなつきちゃんについてまわり、いろいろと尋ねてみたり。

  そしていよいよパリ行きの飛行機に乗り込む。夏生ちゃんが私の左に。右には韓国人の女子学生。後ろに美代ちゃんと美智子さん。ちょっと離れたところに厚子ちゃんと西川さんが座った。

  さあ、映画は何が見れるかな?食事はどのタイミングで出るかな?免税品は何があるかな?ポケットの冊子のチェックに取り掛かる。長い空の上の時間が始まる。

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