ところが、国語はセンター試験で200点配点があります。英語200点、数学2科目で200点、社会一科目100点、理科2科目で200点(学校によっては一科目100点)が標準的な国公立大学の理系学部を目指すK君の配点ですが、そのうちの4分の一くらいが国語で決まります。

ちなみにこれは特殊例ではなく、推薦入学以外で数学・国語・英語が科目にない国公立の大学はまずありません。

さて、国語はセンスで決まるから教えようがないとか、どうやって勉強したら伸びるか分からないと言う俗説が、世間では信じられています。

全く違います。入試と言う能力を点数と言う客観的な数字に換算して判定するものにおいて、センスやら感性が入り込んでは困ります。
もし、そういうセンスや感性を試すのであれば、小説を書かせてその善し悪しを審査員が判定するような試験になるでしょう。

国語とは言語と文章の試験です。言語とは客観的な文法というルールと意味の定まった単語から成り立ちます。きちんと書かれた文章は読む力のある人が読めば、必ず同じ意味が取れます。読む人によって意味が全く異なる文章など、ほとんどあり得ません。小説には多少そういうことも部分の解釈では起こりますが、説明的な文章で言っている内容が読み手によって変わるようでは、それは説明文とは言えません。

そのため、特に説明文においては言いたい内容をきちんと伝えるために筆者は細心の注意を払って文章を組み立てます。そして、説明とは理屈で行うものですから、きちんとした理屈の順序立て、つまり論理(ロジック)によって文章は構成されます。

つまり国語と言う科目は理屈で成り立っているのです。

読めないのは、文学的センスではなく、説明されている理屈を理解する力が足りないのです。