昨年の8月に
大阪で独り暮らしだった母(87)が
買い物後の入浴中に
脱水症状となって動けなくなり
翌々日の朝に発見されて
救急車で病院に運ばれ
10月初めに
東京にある
介護付き高齢者施設に入所しました。
それ以来
母には毎晩電話しているのですが
実際に会えたのは年末年始でした。
弟から
「1月5日に白内障を手術の予約を入れた。
風邪をひかせてはいけないから
年末年始は施設には行かない」と言われ
それじゃあ私はたくさん会いに行こうと
日本に滞在中
毎日母に会いに行きました。
弟はそれが気に入らず
「無理して取った予約なのに
傍にいないからそんなことができる。
3,4,5月は第一連絡先になり
自分の代わりに母の世話をするように。
その後は1か月交代で世話をする」
と言われ
私も売り言葉に買い言葉で
「分かった。やるわよ」と答え
1月末に帰国して住民票を取得し
第二連絡先に書いてあった
弟の妻の名前に線を入れ
私の名前に書き換えました。
※第一連絡先は保証人を兼ねるので
施設長から「頻繁に変えないでください」
と言われて第二連絡先になったのです。
弟の妻が第二連絡先になる条件として
要求した300万円の返還を求めたところ
第一連絡先になれないのなら返せない
と言われ
病院に連れて行くのを含めて
2週間に一度しか行かない弟の行動から
母が可哀そうだと思い
「だったら私が第一連絡先になる」
と言ったところ
「第一連絡先になるんだったら
母が亡くなるまで
韓国に戻らない覚悟で来い」
「そんなことはできない
夫が韓国にいるのに」
等々
言い合いをしておりました。
見かねた娘が中に入ってくれて
分かったことは
弟は、はなから
私が韓国から日本へ
完全移住すべきと
考えていたということです。
まさかそこまでは考えないだろうと
思っていた私が甘かった。
もちろん、
完全移住するつもりはありません。
3か月間韓国に戻って来れない
それだけでも相当なダメージなのに
なぜ夫を置いて
完全帰国しなければならないのか。
理解不能です。
ただ、私にも弱みがあります。
父が亡くなったときに
母をあまり助けて
あげられなかったからです。
父が亡くなった時
母は宮崎に居て
弟は東京にいて
私は韓国にいました。
弟は親身になって
母の世話をしたと
言っていますが
今となっては
確認のしようもありません。
でも、私が当時の母に
親身にできていなかったのは
事実ですから
強く言うこともできません。
そんなこんなで
反省したり
腹が立ったりで
食欲もなくなり
周囲から心配されるほどです。
でも、ご心配には及びません。
3.4.5月に通うつもりだった
韓国人牧師のいる
川越の「ひかり福音教会」に
前回の日本滞在中に
娘や孫娘たちと行くことができて
大いに慰められました。
今年初めに
韓国のセジュアン教会で
執事とビジョン宣教師に
任命されたばかりです。
神様からの試練だと考え
乗り切れると信じています。
