5.「今日はなんの日」
「今日は何の日か知ってる?」
朝食の途中、突然妻が僕に尋ねた。えーと、今日は何の日だっけ?3月3日。結婚記念日は9月だし、付き合いはじめたのは確か夏だ。今日は何の日だ?あ、そうか。
「ひな祭りだろ。」
自信満々に答えた僕に対して、妻は不服そうな顔をしている。
「そういうのじゃなくて…。ほら、もっとあるでしょ?」
何だ?何か約束でもしてたっけ?えーと…何の日だ?
「もういいわ。早く食べないと会社遅れるよ。」
結局妻が何を言いたいのか分からないまま、僕は身支度をして家を出ようとした。その時…。
「パパー。今日は何の日??」
息子の亮太がパジャマのままで玄関まで見送りに来た。土曜日は朝食を食べたらまた布団に入り込んで10時までゲームをしているらしい。うちの家庭はそこらへんの躾はゆるい。ただし、11時から12時までは土曜日でも日曜日でも勉強の時間だ。
「なんだ?お小遣いの日はまだだろ?新しいゲームの発売日か?」
亮太がこういう事を言う時は、だいたい何かしらのおねだりをしてくる時のはずだ。
「もー。そうじゃなくってさ…。まあいいや。行ってらっしゃい。」
いつもはぎゅうぎゅうの満員電車での通勤だが、土曜日出勤の日はいつもよりだいぶ電車が空いている。運がいいと席に座れる事だってある。今日はどうやら運がいい日のようだ。
「あのー、すみません。今日は何の日か知ってます?」
席に座って一息ついたら、隣に座っていた中年がスポーツ新聞を広げたまま尋ねてきた。
「いや…。何か大きなニュースでもありましたか?」
逆に僕が尋ねると、中年は何も言わずにまたスポーツ新聞を読みはじめた。なんだこいつ?感じ悪いな。こんなオヤジに絡まれるなんて、今日はツイてないかもしれない。それにしても、今日は何の日だっけ?
「今日は何の日だか知ってますか?」
昼休みに会社の若い女の子から聞かれた。何なんだ今日は?
「3月3日…。今日は耳の日だよーん。」
どうせ分からないからおどけてみたら、彼女は「オヤジギャグとかはいいですから。」と素っ気なく行ってしまった。何の日だか教えてくれよ。何なんだよ今日は?
「君、今日は何の日だか知ってるかね?」
もうすぐ定時になろうかという時間に部長が尋ねてきた。ウチの会社では土曜日出勤の日は基本的に残業は禁止になっている。
「急ぎの仕事ですか?私で良ければ残りますよ。」
抱えている仕事が順調だから、他の人の仕事を手伝うくらい今なら大したことじゃない。
「そうじゃなくて、ほら、覚えていないのか?」
しまった。部長と飲みに行く約束でもしてたっけ?全然思い出せない。
「あ、これですか?」
右手でエアおちょこを持って、口の前で2、3回手首を捻る。テレビドラマのサラリーマンがやるかのような「この後飲みに行くか?」というサイン。部長はこういうベタなのが好きだ。
「覚えていないのならいい。私は今日は帰るから、君も早く帰りたまえ。」
なんだよ、部長まで。全然分からない。いったい今日は何の日なんだ?
今日は何の日だ?今日は何の日だ?今日は何の日だ?今日は何の日だ?今日は何の日だ?今日は何の日だ?今日は何の日だ?今日は何の日だ?今日は何の日だ?今日は何の日だ?
あー、もうダメだ!気になって仕方ない!
頭がおかしくなりそうになった僕は、会社から出るとそこを歩いている若い男の腕を掴んで聞いてみた。
「今日は何の日か知ってますか?」