KIRICO×じゅんぺいコラボ3話『虹になるから』 | enjoy Clover

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KIRICO×じゅんぺいコラボ3話『虹になるから』

 

 『虹になるから』

 

ホームレス出身の天才画家。神の世界を見る男。猫の姿をした天使に愛されたアーティスト。画家になった赤井を形容する言葉はいくつもあったが、今となってはそのどれもが皮肉にしか聞こえなかった。ホームレス出身ということが話題となりあっという間に噂が広がり一世を風靡した赤井だったが、赤井が世間の注目を浴びていたのは、たった半年間だけだった。

 

あの時、ホームレス仲間の水野が広げた噂は、あっという間にホームレス仲間から一般社会に広がった。赤井が描いたあの絵には、確かにそれだけの人間を惹き付ける魅力があった。噂を嗅ぎつけたTV番組の取材が来た時に、赤井はカメラの前で黒猫を抱きかかえ、あの時のようにインスピレーションで筆を取りあっという間に絵を完成させた。絵の素晴らしさに加え、猫を抱きかかえた後に一瞬で絵を完成させるパフォーマンスにより、赤井は一躍時の人となった。流行に敏感な著名人や珍しいもの好きな大富豪は、次々と赤井に作品を描くように依頼した。

 

 しかし、ある日突然、赤井は何の絵も描けなくなった。いくら黒猫を抱いても、何の光景も浮かんでこなくなったのだ。それ以来、一時は画家として大成功していた赤井も、今ではかつてのように公園で生活するホームレスに戻っていた。赤井に残されたのは、赤いジャンパーと黒猫だけだった。

 

 

「おい、クロ。お前もなんか食っとけ。」

 

赤井は公園のゴミ箱から漁ったコンビニ弁当の残飯であるポテトサラダを手に乗せて、クロと名付けた黒猫に差し出した。しかしクロは、差し出されたポテトサラダを食べようとはしなかった。5日も前から、クロはぐったりしていて何も食べようとはしない。赤井はしかたなくポテトサラダを自分の口に運んだ。口の中に、冷たい感触が広がった。

 

「そろそろ、いい時期かもな。」

 

赤井は雲だらけの夕焼け空を見上げて呟いた。先週から12月に入り、寒さも厳しくなってきた。この調子なら、いつ初雪が降ってもおかしくない。

 

「俺は、いつ死んでもいい。元々お前と出会った日に死のうとしてたしな。雪が降ったら、クロ、お前も俺と一緒に死ぬか?」

 

赤井はクロに尋ねるが、クロは何も答えない。赤井がクロを抱きかかえようとした時、赤井のジャンパーから何かが落ちた。拾って見てみると、それは数ヶ月前に画家だった赤井がもらった手紙だった。

 

「以前、あなたに絵を描いてもらったものです。私は獣医をしていましたが、以前手術を失敗したことがきっかけでメスを持てなくなってしまいました。そんな時、あなたに描いてもらった絵を見て、もう一度動物たちのために頑張ろうという勇気が沸いてきました。今はこちらの動物病院で、もう一度基礎から勉強させてもらっています。」

 

そういえば、こんな手紙、他にもいくつかもらったな。子どもの不登校に悩んでいた親が、子どもの不登校を認められるようになったとか、喉の病気で歌えなくなったシンガーソングライターが、今度は作家として小説を書くようになったとか、事故による怪我が原因で自分の思うような演技が出来なくなった女優が、障害者のための劇団を立ち上げたとか。万引きを止められなかった中学生が、絵を見てから万引きがくだらないと思ってそれから二度としなくなっただとか。本当か嘘か分からないような内容も多かったが、画家として活動していた時、赤井のところにはそんな手紙が多く届いた。

 

みんな、バカみたいだ。こんな腐った世界で、そんなことをして何になる?自分を変えてまでなぜこんな世界で生きようとする?赤井は拾った手紙を握りつぶして再びポケットに押し込んだ。

 

ふと、鼻先に冷たい感触がした。右手でそっと触ると、鼻先が微かに濡れていた。赤井が空を見上げると、空からパラパラと白い雪が振り始めていた。

 

「やっと、この世界とオサラバできるな。その前に…」

 

赤井は、クロを抱きかかえて歩き始めた。この気温なら、このまま雪が振り続ければ俺はきっと明日の朝までには死ねる。そしてきっと、クロもこのまま死ぬことになるだろう。その前に…。

 

赤井は、クロと出会った料亭の裏口にあるゴミ集積所に辿り着いた。自分が死ぬ前に、そしてクロが死ぬ前に、最後にクロに上等な刺し身を食わせてやろう。これが、赤井にとって最後の仕事だった。ここのゴミ袋から漁った刺し身が、自分とクロの最期の晩餐だった。

 

「ほら、クロ、最期にこれだけは食っとけ。」

 

 赤井はゴミ袋から漁ったマグロの刺し身をクロに差し出す。しかし、クロは食べようとはしなかった。ただ、その場でぐったりしている。

 

「どうせもうすぐ死ぬんだから、最後くらい食っちまえよ。去年は俺から奪い取ってまで食った癖に。」

 

赤井は、どうしてもクロに刺し身を食べて欲しかった。思えば、何も信じられない自分が唯一信じることができたのはコイツだけだった。初めて会ったあの時見たクロの幸せそうな面を拝まないと、俺は死んでも死にきれない。お願いだ。どうか、最期にもう一度だけクロの幸せそうな表情を見せてくれ。赤井は、生まれて初めて神に祈った。その時、急に辺りが静かになり、どこからか声が響いた。

 

「神なんか信じるな。」

 

物陰から、小汚い格好をした男が現れた。クロと初めて出会った時に会った、あのホームレスだった。

 

「神の世界が見えた気にでもなっていたのか?そんな絵を何枚か描いたくらいでいい気になるなよ。」

 

いつの間にか、さっき降り始めた雪は雨に変わっていた。降り続く雨に打たれながらも、赤井は現れた男を睨みつける。男も、赤井の方をじっと見つめて続けた。

 

「お前があの絵を描けたのは、ただの偶然だ。お前の力でもなければ、奇跡でもなんでもない。ただの偶然だ。」

 

赤井と男の間に降る雨が激しくなっていく。しかし、男はかまわずにそのまま続けた。

 

「だが、一度はメスを持てなくなった獣医がもう一度メスを持つ勇気を取り戻したのは奇跡。子どもの不登校に悩んでいた親が、そのままの子どもを認められるようになったのは奇跡。歌えなくなったシンガーが、方向転換をして小説を書き始めたのは奇跡。事故で体が不自由になった女優が、障害者が自由に表現できる劇団を立ち上げたのは奇跡。万引きを止められなかった子どもが、自分の意志で万引きを止められたのは奇跡。そして…」

 

男は、赤井の方を指差して表情を緩めた。

 

「腹を空かせたホームレスが、野良猫に食べ物を分けてやるのも奇跡だ。お前たちは、神なんかに頼らなくても自分で奇跡を起こしてきただろ?神に奇跡を願うくらいなら、自分で起こせ。」

 

男は赤井の方に指していた指をスッと下ろし、赤井の足元を指差した。それと同時に、赤井のジャンパーのポケットから、グシャグシャに丸められた手紙が落ちた。赤井は獣医からの手紙の内容を思い出して、丸められた手紙を拾ってもう一度そこに書かれていた内容を確認した。この獣医のいる動物病院は、ここからすぐ近くだ。今から走って行けば、まだ診療時間に間に合うかもしれない。クロの元気な姿が、もう一度見られるかもしれない。こいつまで、俺のくだらないこだわりに付き合って死ぬことはない。こいつの命は、こいつのもんだ。

 

赤井が顔を上げると、そこにもうさっきの男はいなかった。あの男がいったい何者だったのか、そんなことは赤井にはどうでもよかった。もう一度、クロの幸せそうな顔が見られるかもしれない。今の赤井には、そのことしか考えられなかった。

 

赤井はクロを抱きかかえると、手紙に書かれた動物病院までの道を走り始めた。履いていた穴だらけのスニーカーが脱げそうになる。それでも、赤井は構わずに走った。曲がり角を曲がる時に濡れた地面に滑って転びそうになる。よろけながらも、それでも赤井は走った。冷たい空気が肺に入って胸が痛む。それでも、赤井は走り続けた。クロを抱きかかえているが、以前のような不思議な光景なんて何一つ見えやしない。見えるのは、いつものゴミみたいなこの世界の街並みだけだ。あの男の言うとおり、この世界に神なんていないのかもしれない。それでも赤井は、自分の腕の中にあるクロの温もりだけは確かに信じることができた。

 

いつの間にか、降り続いていた雨は止んで、西の空から夕陽が顔を出していた。その夕陽とは反対側の東の空にうっすらとした虹がかかっていることに、必死に走っている赤井はまだ気付いていなかった。

                                    (完)

 

(完)

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