clover 6話 『ヒスイ』 | enjoy Clover

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clover 6話 『ヒスイ』

 

 塔の見える街に向かって歩いている時に、ペニィとウィルは何台かの馬車とすれ違った。その度にペニィは右肩に乗せているウィルを隠そうとしたが、馬車に乗っている人たちはペニィ達には見向きもせずに慌てた様子で馬車を走らせ、あっという間に街とは反対の方向へ行ってしまった。さらに街に近づくと、今度は街の方から走って来る人たちが見えてきた。まるで何かから逃げてきているかのように走ってくる人たちは、一人や二人ではなかった。ペニィは何か様子がおかしいと思い、ウィルを腰のポーチの中に隠した。先頭を走っている男もペニィに気付いて、ペニィに向かって叫んだ。

「お前、そんなところで何やってんだ!?早く街から離れろ!」

「何かあったんですか?」

近づいてくる男に向かって、ペニィは叫び返す。男はペニィの前で一旦立ち止まると、呼吸を整えてから言った。

「あの街の奴らは気が狂っちまったんだ。街中で暴動が起きてる。街の中はパニック状態だよ。何かの伝染病だって噂も流れてる。お前も早く逃げた方がいい。」

男は言い終えるとまたすぐに走っていった。あとから走ってくる人たちも、それぞれの速さで街の方からから逃げてくる。ある女は赤ん坊を抱きかかえながら、ある男は足を引きずりながら、ある子供は泣きながら、ある若者は老人を背負いながら…。

 

「後で街に来てみな。面白いものを見せてやるよ。」

 

ペニィは、森の中で出会ったヴァンの言葉を思い出して背筋を震わせた。

「ペニィ、ここから出して。今更僕を見られたからって、たいした騒ぎにならないよ。」

ペニィはポーチの中にいるウィルをもう一度自分の右肩に乗せて、今までウィルに黙っていたことを告げた。

「ねぇ、ウィル。私、さっきあなたがあのおばあちゃんと話をしている時、ヴァンっていう妖精と出会ったの。街の人たちがおかしくなっちゃったのが本当だとしたら、もしかしたら何か関係あるかもしれない。」

ウィルは黙ったままペニィの話を聞いている。どんな表情をしているか、ペニィからでは見えない。

「だから、もしあなたも何か隠していることがあったら、教えて。」

ほんの少しの沈黙の後に、ウィルが答えた。

「わかった。さっき僕がおばあさんから何を聞いたのか、全部話すよ。でも、今は急いで街へ行こう。」

ウィルの声を聞いて、ペニィは自分の右肩と右頬が暖かくなるのを感じた。視線の端から、いつかと同じようにウィルのオレンジ色の光が見えた。

 

街は、ペニィが思っていたよりもさらにひどい状態だった。誰かが火を付けたのか、街のいたる所で火事が起きて煙が上がっている。路上では男同士が殴り合い、建物の影ではうずくまる女の側で子どもが泣いている。無人になった家や店からは、少女たちが金目の物を集めて回っていた。少年たちは、倒れている人を踏みつけても気にもしない様子で走り回る。

 あまりの光景にペニィが立ちすくんでいると、ウィルが口を開いた。

「ペニィ、塔のてっぺんをよく見て。」

ペニィが塔を見上げると、街から見える塔の最上階が、紫色に光っているのが見えた。

「何、あれ?何か光ってるの?」

「あれが、魔法の石…ヒスイの光だよ。あの光のせいで、みんなおかしくなっちゃったんだ。」

ペニィは紫色の光を見て、森であったヴァンのこと思い出した。

「なんでそんなことに?」

「たぶん、誰かがヒスイに願ったんだ。『みんなおかしくなっちゃえばいいのに』って。」

ウィルは塔の方をじっと見つめている。オレンジ色の光が、少し強くなる。ウィルはもう一度口を開いた。

「あの石を壊しに行く。」

 

 襲ってくる人たちをなんとか避けながら煙だらけの街を抜けたペニィとウィルは、まっすぐ塔へ向かう。その間にウィルは、案内人との話の内容をペニィに伝えた。

 妖精の中には人間のことをよく思っていない者がいること。ヒスイの願いでこの街がおかしくなったのは、そんな妖精が原因だということ。ヒスイの願いを止めるには、どうにかして石を壊すしかないということ。そして、一度萎れた妖精の羽根は絶対に元に戻らないということと、本当は、自分は昔の記憶をほとんど失くしていたということ。

 ペニィは、ただ黙ってウィルの話を聞いていた。ペニィは、静かにウィルの話を聞いていられる自分が不思議だった。昔の自分なら、自分に何の得にもならないのに街の人のために塔へ向かうウィルをバカにしたに違いない。そして自分も、そんなウィルに付き合ったりするはずなどなかった。だけど今は、なぜか自然な気持ちでウィルと一緒に歩いていられた。

ウィルも、伝えるべきことを伝えた後は何も言わずに黙っていた。そのまま二人は静かに、まっすぐ塔へと向かう。二人の旅の終わりは、もうすぐそこまで近づいていた。



(つづく)

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原作楽曲:山瀬亜子『ヒスイ』