初めまして。
30代ぽっちゃりパパです。
嫁ちゃんの流産をきっかけに、
「このままの生き方でいいのか?」
と立ち止まりました。
仕事優先、後回しにしてきた家族。
避けてきたお金の話。
向き合うのが怖かった育児。
でも、
逃げたままじゃ前に進めない。
そう思い、
育休取得・家計管理・資産形成に
不器用ながら挑戦中です。
改めて気づいたこと
前回の話の延長です👇
今回の出来事で、
私はひとつ、
とても大事なことを思い出しました。
それは――
嫁ちゃんが、笑顔で過ごしていること自体が、
こんなにも愛おしいということ。
知っていたはずなのに。
いや、最近はちゃんと
見ていなかったのかもしれません。
チビちゃんが生まれてから、
スポットライトはずっと
ねぇねとチビちゃんに当たっていました。
それは自然なことだし、
間違ってはいないと思います。
でも今回、
「友達が家に来る」
という出来事をきっかけに、
久しぶりに嫁ちゃんに
スポットライトが当たりました。
友達が来ると決まってから、
嫁ちゃんは何日も前から動いていました。
掃除が得意なわけでもない。
片付けが好きなわけでもない。
それでも
「楽しんでもらいたい」
その一心で。
大変そうなのに、
どこか楽しそうで、
当日を待ち侘びている姿が
とても生き生きしていて――
心から、愛おしいと思いました。
久々に見たのは、
ママでも、妻でもない嫁ちゃん。
肩書きのない、
一番気楽な状態の嫁ちゃんでした。
あぁ、そうだったな。
最近、私は嫁ちゃんのことを
「ママ」としてしか
見ていなかった気がします。
ママなんだからこれくらい。
ママなんだから我慢して。
口にはしていなくても、
頭の中で勝手に決めつけていました。
今回気づいたのは、
私がやるべきだったのは
「手伝うこと」じゃなくて、
嫁ちゃんから
“ママ”という肩書きを
一度外してあげることだった
ということ。
ママでもない。
妻でもない。
ただの「嫁ちゃん」でいられる時間。
そのための環境を、
私が作るべきでした。
「友達と遊んできなよ」
「どこか出かけてきなよ」
もっと、普段から
こういう言葉をかけるべきでした。
あとは、
嫁ちゃんが選べばいいだけ。
子どもが生まれる前、
特別な趣味のなかった私は、
嫁ちゃんが楽しそうにしている姿を
見るのが何よりの幸せでした。
忘れていたわけじゃない。
ただ、育児に追われて
目を向けられていなかっただけ。
今回の出来事は、
これからは子どもだけじゃなく、
嫁ちゃんにも
ちゃんと目を向けよう
そう思わせてくれました。
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