今日で平成22年も終わりですね。
一年を振り返ると平穏に過ごせた一年でした。
ただ、悔いが残ることが一つ…
それはアースの死に目に誰も立ち会えなかった事。。。
実家で初めて飼ったパピヨンがアースでした。
それまでに甲斐犬、三河犬、シェパード、中型MIX犬など、色々なわんこと暮らしてきましたが初めての室内犬がアースでした。
1994年1月8日生まれ。
2010年9月28日逝去。
ちょっと大きめ、最盛期は6キロ。当時はこれが普通サイズだと思っていました。
性格は大人しく、臆病で温厚。
わんこは苦手で2歳半の時にお嫁さんとしてきたルナにそばに寄れるまで半年、くっついて写真を撮れるようになるまでさらに半年…。
お手、お座り等の言葉のほかに下がれ、まわれ等、すぐに覚える頭のいい子でした。
3歳の時に先天性の心臓疾患が見つかり、10歳までは生きられないだろうといわれました。
その日から毎日薬を飲み続けました。4歳を過ぎたころには薬を見せるだけで自分から口を開けて飲んでくれました。
5歳に一度、7歳に2度、尿道結石で手術、その時に止血障害が発覚。今後一切の手術は出来ないだろうと大学病院の先生に言われました。
このころから家族が、アースの死を身近に感じ始めてきました。
毎年、大みそかになると「アーちゃん、今年も乗り切ったね~」と、声を掛けるようになりました。
10歳の誕生日は盛大に行いました。(本人は処方食だったのでミルクをあげただけだった…)
家族間では宣告された10歳を乗り切ったから、いつお迎えが来てもいいね、なんて冗談も…。
13歳の頃、アースがおかしくなりました…。
真っ直ぐ歩けない上に徘徊がはじまりました。おしっこもトイレまで持たなくなり、この時からアースの介護が始まりました。
最初は徘徊の心配が主でしたが、そのうち、後ろ足が自由にならなくなり、14歳の頃には立っているのがやっとの状態に…。このころから排せつの面倒を見るようになりました。(毎日、寝ているかボーっと立っているかで、トイレに行きたくなるとちょっと暴れるので連れていき、済むまで支える)この状態が2年ほど続き、今年の6月ごろに完全に寝たきりになってしまいました。
(今年1月)
そこにあったフリースで私が急いで作ったちゃんちゃんこ?
(恥ずかしい…)
寝たきりになる前はこのように立っているのがやっとで、ほかの子に体当たりをされてよく転んでいました。
ただ、立っているだけでしたが、暖かい日はお外に出して日光浴をさせました。
なんとなく、嬉しそうな感じがして…
(上と全く同じ格好ですね…)
寝たきりになってからは、日中は必ず誰かがアースの面倒を見ていました。
1時間毎に体位交換、おむつの交換、スポイトでの給水など。
寝たきりでも食欲はあるんです。
ふやかしたフードを鼻先にスプーンで近づけるとひな鳥のように口をしっかり開けるんです。
食事はさすがに大変だったので、姉と私が毎日行っていました。
一番重い時で6キロあった体重が2キロ程に。
9月25日、アースがご飯を食べなくなってしまいました。
それからは誰かが必ずそばについてました。
9月28日の朝、姉はお店(実家のすぐ側にあります)でお客様のわんこをシャンプー、私は旦那の実家の用事で午後からこちらに来る予定、父は10時30分から歯医者。
10時20分頃、父が歯医者に行く前にアースのおむつを交換し「逝くなよ」と言って出て行ったそうです。
この時は口をモゴモゴ動かして寝ていたそうです。
11時過ぎに姉はお客様のわんちゃんを終わらせてアースの様子を見に実家へ…。
父が出かけてわずか40分程。この間にアースは旅立ってしまいました。
姉が見たときはまだ暖かく本当に眠っているかと思ったそうです。
なんで40分が待てなかったの?
今までずっとついていたのに誰も見送ってあげられなかった…。
これが家族みんなの残念な想い…。
知らせを聞いて駆け付けた私もアースを撫でながらそう話掛けました。
でも、苦しまずに逝って良かった。
最期まで面倒をみてあげられて本当に良かった…。
飼い主冥利につきるよ。
お疲れ様、ありがとう。アーちゃん。
今年の大晦日は残念ながらアースに話しかけることができません。
でも、どこかで見守ってくれていると信じています…。
うちにはまだまだ手がかかるアマゾネス達がいるからね…。
ずっと目で父を追っていました。
ノーリードでも決して家から離れませんでした。
アースへ。
この悔いは、今日で終わりにするからね。
君は色々なことを私たちに教えてくれたよね。
君が居なかったら私たち姉妹はトリマーにならなかったし、今の親友たちにも会えなかった。本当に感謝してる。君を思い出す時は、楽しい時を思い出すよ。もう泣かないからね。
ありがとう。うちに来てくれて本当にありがとうね。




