バセドウ病 6~眼窩減圧術 入院
そして、私は今年の8月に眼窩減圧術を受ける為にオリンピア眼科に入院した。
予定は20日間。
意外と長いでしょ
でもこれでよくなるなら幸せです。
その前までの激動の日々を思い出せば、私の受ける手術なんてと言う思いもあり・・・。
この事については、また落ち着いたら書きます。
壮絶でした。はい。
OS(化学部質過敏)にもなっていた私は、入院・手術・薬の投与にかなりの不安を抱いていた。
正直ショック反応で死んだらどうしようなんて事も、でもやる事はやったから大丈夫だ。と言う思いもあり。
ただですね。病院の近くの神社に20日お世話になる挨拶をしに行かないとずっと思っていたのですが、行けなかったのが残念でした。
あー。何もなければいいなと思いました。
手術は3日後なので、3日間はまず検査を受けます。
色々な眼科的検査。
あとは、朝・昼・晩とご飯を食べて、色々な患者さん達とお話したり、TVみたり。
中々ご飯も美味しかったです。
毎日ご飯を作っているので、ご飯が出て来る幸せはなんとも言えません。
看護婦さんもみんな素敵な方ばかりでした。
この手術をしてくれる先生は、他の病院から来る耳鼻科の先生です。
とっても優秀な先生です。
心配はしていませんでしたが、麻酔や薬の投与が一番不安でした。
日本で、この眼窩減圧術が出来る先生はあまりいないらしく、この先生が何しろ一番有名です。
この病院に辿りつき、先生に手術をしてもらえる幸せは、病気になってから一番の幸せでした。
無論、病気にならない事が何よりでしたが、なってしまった以上は仕方ないです。
もがいても、苦しんでも病気は何処にもいかないのですから。
しかも、この手術が行われるのは、毎週1日だけなのです。
先生ご自身で開業されている病院の後にオリンピアに来て手術になりますから、夕方からの手術になります。
やっとここ迄来たんだと同時に高円寺のゆう先生や許可してくれた理事長。
一緒に暮らしてる人や家族に、とっても感謝した。
でも、私の家族はみんな反対でした。
こんな、手術して余計酷くなったらどうするの?
顔にメスを入れるなんてと言われましたが。
当人しかわからない苦しみです。
家族に何を言われようが、私は受けると決めた以上は受けると強く親には言いました。
親としては、心配だったようです。
その気持ちもわかりますが、このまま一生過すのは嫌だった。
結局人生において決めるのは他人じゃありません。
結果がどうであれ
すべて、自分次第で決まります。
ここで、同じようにバセドウ病に苦しんでいる皆さんとの会話は本当にわかってくれる人がいるんだぁ!とみんなで励まし合いながら手術に挑む事が出来た。
眼球が出てるってだけで、人としゃべるのが嫌になります。
人と目を合わす事が苦痛です。
目を見られるのですから。
入院中はこのような方達とお話が出来て、自分だけじゃなく同じように苦しんでいる方がたくさんいるんだと思った。
バセドウ病は中々周囲に理解されない病気です。
確かに精神的にも辛く、怠けてると言われたり、目が複視になり大変な日々を送ってる方が多いのです。
私がこのブログを立ち上げたのも、少しでもバセドウ病を理解してもらいたかったから。
けして、怠けてるわけでもなく当人は本当に辛い日々を過しています。
と言っても中々理解は出来ないでしょうが・・・でも少しでも役に立てたら嬉しいな。って思いがあり立ち上げました。
バセドウ病は周囲の理解で、本人を救う手立てになります。(精神的要素がかなりあると思う)
中には薬を飲んでも効かなくて、手術をして甲状腺機能を下げて今度はあげる薬を飲んでいる方もいます。
一概にこうだから、こうなる。って言う病気ではなくみんなそれぞれ症状が違うから嫌ですね。
次回はいよいよ手術当日のお話です。
予定は20日間。
意外と長いでしょ
でもこれでよくなるなら幸せです。その前までの激動の日々を思い出せば、私の受ける手術なんてと言う思いもあり・・・。
この事については、また落ち着いたら書きます。
壮絶でした。はい。
OS(化学部質過敏)にもなっていた私は、入院・手術・薬の投与にかなりの不安を抱いていた。
正直ショック反応で死んだらどうしようなんて事も、でもやる事はやったから大丈夫だ。と言う思いもあり。
ただですね。病院の近くの神社に20日お世話になる挨拶をしに行かないとずっと思っていたのですが、行けなかったのが残念でした。
あー。何もなければいいなと思いました。
手術は3日後なので、3日間はまず検査を受けます。
色々な眼科的検査。
あとは、朝・昼・晩とご飯を食べて、色々な患者さん達とお話したり、TVみたり。
中々ご飯も美味しかったです。
毎日ご飯を作っているので、ご飯が出て来る幸せはなんとも言えません。
看護婦さんもみんな素敵な方ばかりでした。
この手術をしてくれる先生は、他の病院から来る耳鼻科の先生です。
とっても優秀な先生です。
心配はしていませんでしたが、麻酔や薬の投与が一番不安でした。
日本で、この眼窩減圧術が出来る先生はあまりいないらしく、この先生が何しろ一番有名です。
この病院に辿りつき、先生に手術をしてもらえる幸せは、病気になってから一番の幸せでした。
無論、病気にならない事が何よりでしたが、なってしまった以上は仕方ないです。
もがいても、苦しんでも病気は何処にもいかないのですから。
しかも、この手術が行われるのは、毎週1日だけなのです。
先生ご自身で開業されている病院の後にオリンピアに来て手術になりますから、夕方からの手術になります。
やっとここ迄来たんだと同時に高円寺のゆう先生や許可してくれた理事長。
一緒に暮らしてる人や家族に、とっても感謝した。
でも、私の家族はみんな反対でした。
こんな、手術して余計酷くなったらどうするの?
顔にメスを入れるなんてと言われましたが。
当人しかわからない苦しみです。
家族に何を言われようが、私は受けると決めた以上は受けると強く親には言いました。
親としては、心配だったようです。
その気持ちもわかりますが、このまま一生過すのは嫌だった。
結局人生において決めるのは他人じゃありません。
結果がどうであれ
すべて、自分次第で決まります。
ここで、同じようにバセドウ病に苦しんでいる皆さんとの会話は本当にわかってくれる人がいるんだぁ!とみんなで励まし合いながら手術に挑む事が出来た。
眼球が出てるってだけで、人としゃべるのが嫌になります。
人と目を合わす事が苦痛です。
目を見られるのですから。
入院中はこのような方達とお話が出来て、自分だけじゃなく同じように苦しんでいる方がたくさんいるんだと思った。
バセドウ病は中々周囲に理解されない病気です。
確かに精神的にも辛く、怠けてると言われたり、目が複視になり大変な日々を送ってる方が多いのです。
私がこのブログを立ち上げたのも、少しでもバセドウ病を理解してもらいたかったから。
けして、怠けてるわけでもなく当人は本当に辛い日々を過しています。
と言っても中々理解は出来ないでしょうが・・・でも少しでも役に立てたら嬉しいな。って思いがあり立ち上げました。
バセドウ病は周囲の理解で、本人を救う手立てになります。(精神的要素がかなりあると思う)
中には薬を飲んでも効かなくて、手術をして甲状腺機能を下げて今度はあげる薬を飲んでいる方もいます。
一概にこうだから、こうなる。って言う病気ではなくみんなそれぞれ症状が違うから嫌ですね。
次回はいよいよ手術当日のお話です。