先日、とある山道を車で通っていたところ、
数台先のトラックが途中で立ち往生。
トラックの前でおばあちゃんが止まって
通せんぼ。
気になったので、車を止めて降りて
おばあちゃんに
「危ないよ。」と一声かけると、
おばあちゃん
「死にたいから死なせて」と。
これは、危ないと思って
110番通報。
パトカーが来るまでおばあちゃんに
付き添いつつ
何かかける言葉を探してみたけど、
結局ありきたりの言葉しか
浮かばず、
「おばあちゃん、死ぬとか考えちゃダメよ。」
するとおばあちゃん
「全然寝られんけん死なせて」
私
「寝られんってなんか心配事でもあると?」
おばあちゃん
「な~んもなかと。苦しみも悲しみもなかと。
涙も出らんと。ただ寝られんと」
その表情は、ただただ空虚。
おばあちゃんの表情と言葉にむなしくなってくる。
ヨガや仏教でいうところの
空なる場所から空なる自分を見つめると
いうときの「無」や「空」とは違う
空虚な感じ。
「空」と「空虚」の違いは大きい。
人間苦しみや悲しみや悩みがある間は
生きていることが実感できてまだまだいい。
苦しみや悲しみや悩みすら無くなったとき・・・・
生きていることすら実感できなくなってしまうのかもしれない。
その後、私事でいろいろと悲しい出来事が起こり、
いろいろと私も悩んだけど、このおばあちゃんに
出会ってすぐの出来事だったので、
苦しみや悲しみも乗り越えるべき自分のミッションとして
受け入れることができた気がします。
私がおばあちゃんを救ったような気でいたけど
実は私がおばあちゃんに救われたんじゃないかと
今は思えます。