子供の未来は親で決まる

子供の未来は親で決まる

子供に親の価値観を押し付けていませんか?

こんにちは。

 

前回までは東洋史と西洋史とはどういった歴史だったのかを

お伝えしてきました。

 

■東洋史

https://ameblo.jp/hamahamaclub/entry-12445006775.html

■西洋史

https://ameblo.jp/hamahamaclub/entry-12447135186.html

 

 

そして、今回はついに国史についてお伝えしていきます。

 

国史とはいわゆる日本の歴史なんですが、

現在の学校で習っているような日本史とは全然違い

何年に何々があったといったその年に起きた出来事を覚えるような

歴史ではありませんでした。

 

西洋史であれば国民に「力に従わせる」ための歴史

東洋史であれば国民に「正当性に従わせる」ための歴史

 

それぞれ歴史を伝える目的があったように、

日本においてもその目的があったんです。

 

それでは早速始めていきたいと思います。

日本の歴史というのは、

日本という国の「共通理念を伝える」ための歴史だったんです。

 

それが国史だったんです。

 

日本人がこの日本という国でみんなで一緒に人生きていくためには

同じ共通理念を持たないと生きていきにくいので、

その理念を伝えるための歴史だったんです。

 

その理念を伝えるのに、

日本では「古事記」、「日本書紀」を伝えていたんです。

 

理念を伝えるのに、

なぜ古事記、日本書紀の2つが必要だったのか?

 

それにはもちろん理由があったからなんです。

 

 

古事記と日本書紀の内容は基本的には、

同じ「イザナギ」「イザナミ」の話なんですが、

伝えたい内容がそれぞれ別々で

 

古事記は

「いろいろな神様の命令を受けて

イザナギ、イザナミは地上に降りてきました」

という出だしなんです。

 

地上に降りてきて国を作りなさいという命令を受けたから

その「役割」として降りてきましたという表現を使っているんです。

 

それに対して

 

日本書紀は「イザナギ、イザナミが地上を見たときに

みんなが楽しくて幸せに暮らしていける世界がないか」

と覗いてみたら、そんな世界はなかったから、

「じゃあ創りにいこうよ」

と言って二人が地上に降りてくる

という出だしになっているんです。

 

こちらは命令ではないんです。

 

要するに日本ではこの2つ、すなわち

「役割を持って生きる」

「みんなが楽しく幸せに暮らしていける世界の創造」

を伝えたかったのです。

 

この違いがあるんです。

 

これらを日本の共通理念として

教えていたわけなんです。

 

こういったことから

西洋史、東洋史、国史は

歴史は歴史でも

「〇〇年に〇〇があった」という

その時代に起きた事件、出来事を伝えるだけだったら

同じ歴史という括りで良いのかもしれませんが、

しかし、

それぞれがそれぞれの目的を持っていたので、

同じものとして扱うのは難しかったから

昔は歴史を3つに分け勉強していたんです。

 

最後までご購読ありがとうございます。

次回からも引き続き書き換えられた真実について

お伝えしていきたいと思ます。

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