ふと気が付くと、もう梅雨の時期である。
あれ?もう6月だ。
おふくろが入院してから3ケ月が経つ。
3ケ月?確か最初におふくろの余命は後3ケ月って言ってたよなぁ。
もう3ケ月経つじゃん!
3ケ月経ったのにおふくろは元気に喋ってるぞ!
もしかしたら、このまま治っていくのかなぁ?
奇跡が起こるのかなぁ?
さすがにおふくろには「余命3か月」なんて言えなかったから、俺は心の中でまさかという希望を
感じていた。
おふくろの見た目も特に変化はなく、冗談を言う余裕も出てきていた。
しかし、そんな希望と裏腹に現実はこの上なく残酷なものであった。
この時期になるとガン細胞は胃から食道、リンパ節、肝臓へと次から次へと転移しだしていた。
肝臓に転移したガンは検査の度に影が大きくなっていたり、時には抗がん剤の選択がヒットして
小さくなっていたりしていた。
どれほどおちょくれば気が済むんだろう?
このガンというやつは!
目の前に姿を現さない最悪な敵に俺のジレンマもピークに達していた。
特に食道への転移。
これが本当にタチが悪かった。
胃の入口から食道にかけて大きなガンが出来てしまっているお陰でおふくろは、まともに食事を取る
事が出来なくなってしまった。
人間の最も必要な欲のひとつ「食」の楽しみがおふくろから奪い去られてしまった。
おふくろの食事は全て液体化された。
おかゆというよりは白く濁ったお湯におかずは~味のペースト状のジャムのようなもの。
1日3食、おふくろの食事はそんなものになってしまった。
体が受け付けなくてもやはり脳での食欲は健常者と同じであるがゆえに見ていてそれは辛いもので
あった。
「天丼が食べたいなぁ・・・」
その頃からおふくろはよくそうつぶやくようになった。
「だよな(笑)今はガマンして様子を見ながら先生に相談してみるよ!」
俺はそういうとすぐに主治医に相談を持ちかけた。
「先生あんな食事じゃいつまで経っても元気はでないでしょ?おふくろが食えないのは、わかるけど
何かいい方法無いのかなぁ・・・」
すでに先生はその事について考えていてくれたらしい。
そこで登場したのが「ステント」という医療用具だった。
特殊な材質のとにかく細かいワイヤー状のような、いってみればワイヤーで編み上げられた小さな
ホースの様なものだった。
それを食道に装着する事により腫瘍で圧迫された部分が広がり食べ物がスムーズに入っていくという
素晴らしいものだった。
早速 俺はその朗報を伝えにおふくろの元へ走った。
「やったなぁ、おふくろ!これからちゃんとしたものが食えるぞ!普通にとはいかないまでも、今よりも
マシになるよ!」
おふくろはもちろん喜んでいたが俺はそれ以上に嬉しかった。
実際、現場は見ていないが、その装着が少し苦痛であったようだ。
それから、おふくろは恐る恐る固形のものを食べ出していた。
本人はとにかく喜んでいた。
俺自身も食の重要性を改めて考えさせられた。
ただ、この「ステント」には大きな落とし穴があった。
材質がメッシュ状になっているため食べ物の入り方によってはそこに引っ掛かってしまう。
すると本人はえずきだし、それを取り除いてもらうための処置を取ってもらわないといけなくなる。
それがまた辛いらしいのだが、おふくろはそんな思いをしてまでちゃんとしたものを食べたかった
みたいだ。
そりゃそうだろうな。俺でもきっとそうしてると思う。
朝から晩まで液体だけなんて最悪だよ。
そう思い、それからは食後のおふくろのえずきをしっかりとチェックするようになった。
その時期おふくろは見違えるように元気になり出した。
やはり「食」は「命」である。
人間から「食」を取ったら死んでしまう。
ガン細胞にも大きな変化はなくステントの調子も良かったので、おふくろはしばらく退院出来る事に
なった。
願ってもない事であった。
すっかり元気になったおふくろは家に帰って来るなり俺に小言を言い出した。
普段ならカチンときて言い返すところだが、この時ばかりは、それが嬉しく感じた。
まずは飯だな。
俺はそう思い、早速おふくろに聞いた。
「何が食いたい?何でも買って来てやっから遠慮すんなよ(笑)!」
「そうだねぇ・・・コロッケとかギョウザが食べたいかなぁ」
そういうおふくろの目は子供のようにイキイキとしていた。
俺はすぐに車を走らせ予めチェックしていたコロッケの専門店とギョウザの専門店をハシゴした。
とてもおふくろと俺だけでは食い切れないような量のコロッケとギョウザを買うと1秒でも早く食べさせて
あげたいという気持ちから大急ぎで帰宅した。
「急にたくさん食べるとまたステントに引っ掛かるから、とにかく良く噛んでそれから少しずつ飲み込む
ように食えよ」
俺の言葉におふくろが素直にうなづいた。
最初はおふくろが食べるところを神経を尖らせてチェックしていた。
「ダメだって!もっとたくさん噛まないと。あと口に入れる量を少なくしないと!」
神経質過ぎるくらいの俺におふくろは笑いながら文句を言ってきた。
「うるさいなぁ。もっと静かにたべさせてよ(笑)」
確かに・・・。
食事が終わり、おふくろに水を飲ませ、しばらく様子を見ていた。
「大丈夫?食道に異変はない?」
おふくろは俺に向かってピースをした。
「あー。美味しかった!」
そんなおふくろを見てホッとしたと同時にとても嬉しかった。
つづく・・・