3.11の映像や地震がくるたび思い出す事があります。
自分にとっての分岐点の日の事。
10年前に幼馴染の恵子ちゃんが交通事故で死にました。
それまで幸せなことに、私は物心ついてから身近な人が亡くなる経験がなく、
死んでしまう順番はお年寄りから、病気とかで事前に薄々わかって心準備が出来てから
たぶん そうだろうと勝手にぼんやり思っていました。
その日の晩 私は、別れた昔の彼と会って車内で話すのに、
その日ひ限って自宅から少し離れた恵子ちゃんの家の塀に車をとめて話していました。
小雨の中 彼女の部屋の窓を見ながら、恵子ちゃん今日は何してるのかなと思いながら、
深夜なのでそのまま帰宅した朝方、友達からの電話。
昨晩 恵子ちゃんが死んだ
何がなんだかわからず、腰に力が入らずへたりこみました。
恵子ちゃんが運転する車が、わき道から国道に出たところで、
スピードの出ているトレーラーに轢かれ即死。
顔は半分無くなっている。
泣き出す感情よりも 呆然として、
朦朧として お通夜に出掛けました。
恵子ちゃんのお母さんの妙に明るい振る舞い、
「ちゃんと顔を整えてもらったから 顔見てやって」
あ ほんとだ 顔がある。。。
死んでるのに整えるって粘土みたい
人間なのに粘土みたい
死ぬと物質なんだ
心が入って人間なんだ
お通夜の思い出はそんな感じで、涙が出なかったです。
小さな頃から一緒の幼稚園に行き、ピアノの発表会では連弾をし、
中学では一緒に英語を習い、恋愛の話をしたり、勉強の話をしたり
時にはライバルとして競って、励ましあって、
そういう隣に居た友達が一瞬にしていなくなる。
なんで 死んじゃう人がいるのだろう
なんで 生きてる人がいるんだろう
わたしの寿命はいつなのだろう
死ぬときはどんなかんじなのかな
自問自答したところで答えがでるわけもなく、
勝手な妄想で、死んだ恵子ちゃんは、後悔してないかなとか
遣り残したことないかなと感傷に浸ったりしました。
なんであの日あの時に限って私は彼女の家の場所に行ったのだろう
あの時連絡とっていたら運命は変わるのかな
もし運命があるなら私の運命はなんだろう
そして生きている私が頑張らないとと切迫観念に浸り
飲み会で馬鹿騒ぎしても、こんな為に生きてるのかと
なんだか遺影を見るのも家の前を通るのも怖くて、
6年が過ぎていました。
会社の同僚の家族のお通夜に参列した日、
なんだか疲れて帰宅して、喪服を脱ぎ
布団に腰を伸ばして横になって天井を見つめた途端
黒く渦々した物が。
え?と顔をしかめて見ているとそれが近づいてきて、
はっきりと 顔が半分欠けている人が寄ってくる
瞬間的に あ 恵子ちゃんだ とわかり
とっさに 搾り出して叫んだ言葉が
あとで 会えるから
黒い渦がふっと消えて、すぐに上半身を起こしました。
潜在意識から 私が勝手に作り出した幻覚かもしれない、
けれど その可哀想と感傷に浸っていた気持ちから恵子ちゃんに告げた私の言葉は
あとで 会えるから
そうか あとで会える時まで、
私は私を経験し、楽しまないといけないなと。
そして こんなこと 経験したよ
こんな気持ちも知ったよ
先に行った恵子ちゃんにあとで土産話をしよう
幼い頃、二人でベンチで話した時みたいに。
やっとそう思えて
恵子ちゃんの仏壇に手を合わせにいけるようになりました。
粘土でない遺影に目を合わせれるようになりました。
死を受け入れられました。
6年かかりました。
私にとって生き方を変えた分岐点は恵子ちゃんの死んだ日でした。
あの日以来、形ある物には限りがある事を知りました
そして、 また 会えるから と叫んだ日、
この時 この瞬間を 大切にしようと思いました
色々な 喜怒哀楽の感情も、生きているからこその体験なんだなって知りました
それを気付かせてくれるための、
あの日 あの場所だったのかなと思ってます。
自分自身の魂をピカピカに磨いて、
鏡のように太陽に反射させたら、空にいる亡くなった人にここにいるよの合図になるかな。
そんな事をたまに思ったりしながら、
できれば心を曇らせないように、いつでもわかるように磨いていよう
そんなふうにも 思っている 私です
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
こんな感じで、今回の震災、
もちろん動揺もするし、不安もあるけれど、
私はこれも経験する為に日本に生まれてきて、今も生かされているんだと信じてます
そして 亡くなった方々とは あとで 会えるから
だからこそ悲しみで後ろを見続けるのではなく、
各自の人生を 魂いっぱい生きていくのが 大切なんではないかなと思ってます