皆さん、こんにちわ👋
突然だが、こう言いたい。
多分、崖の上のポニョは多重人格者の物語であるということ。
どういうことかと言うと、まず、崖の上のポニョに登場する宗助は、多分ポニョのイマジナリーフレンドである。
何を言っているのか、よく分からない人もいると思うが、僕はこう思うのだ。
ポニョのいる海中世界=ポニョが隠れるための妄想の世界
宗助のいる世界=ポニョが活躍できる第二の妄想の世界
僕が思うに宗助はポニョの別人格なのだ。
海の世界は、あくまでポニョの眼から見える世界であって、観客は本当の現実世界をちゃんと見ることができない。
冒頭、ポニョは一言も言葉を発さない。それはおそらくだが、ポニョは自閉症だったのだ。
ポニョの深層心理である海中には両親と兄弟たちしか出入りができない。
あれは自閉症患者の内宇宙なのだ。
観客は最初、物語が始まった時、まずポニョが妄想の産物だと思う。
しかしそれは、巧妙なミスリーディングなのだ(個人的意見)
本当の妄想の産物は宗助なのだ。
つまり、崖の上のポニョとは、言葉を発せずにいたポニョという少女が宗助というペルソナを駆使し、現実世界で活動できるようになっていく物語なのだ。
物語の中で宗助はなぜか両親のことを名前で呼ぶ。
これは、ポニョの妄想であるが故の設定ミスなのではないかと思う。
子供の考えた妄想なのだから、設定が緩いところもある。
作中、ポニョは魔法が切れると半魚人になる。
しかし、これは見方を変えてみると、宗助の方に主人格が移っているからではないかと思う。
また、劇中ポニョは魔法でなんでも修理してしまう場面がある。
これは、妄想で出来た宗助の世界に、現実世界のリアリティを持ち込んだ結果とも見れる。
ポニョによるリアリティの導入によって、宗助が主人公の夢の世界は壊れ始める。
ポニョは宗助になりきることで現実世界に溶け込んだ。
これはつまり、本当のポニョは実は男児で、普段は妄想の世界でしか息をしていない人物だったのではないかと、勝手に考察する。その妄想の海から、現実世界の味を教えてくれたのが、別人格の宗助。
宗助の活動は社会的成功を生み出し、ポニョは味を占めていく。
そして、別人格のイマジナリーフレンド宗助は、徐々に自我が生まれはじめ、自分の人生を歩み始める。
しかし、それは宗助が現実世界に出ることは、宗助の住む妄想の世界が崩壊することを意味していた。
劇中、トンネルを抜けると、ポニョが弱体化していく場面がある。
このトンネルはおそらく、ポニョから宗助への人格交代なのだ。
ついに宗助は自我を持って、ポニョの元から卒業する。
このトンネルを抜けると、宗助は車椅子から立ち上がったおばあさん軍団に遭遇する。
ここではっきりと宗助は知るのだ。
自分は妄想の産物で、この体を操るのはポニョの方なんだと。
ポニョが魚として映っている場面では、すべてがポニョの妄想だ。
しかし、最後の最後で、ポニョは自らの姿を現す。
それが、このラストシーンなのだ。
「お前は別人格だけど、よく使えるから逃さねぇぞ」
僕は、こうポニョが言っているのだと妄想している。
さぁ、ここまでが、僕の考えた崖の上のポニョ=二重人格説でした。
どうですか、皆さんも考えるところがあったのではないでしょうか。
それでは、このあたりで。
👋
P.S.
スマホで書いてたら、途中でデータ吹っ飛びましたw
これまでの時間返せやい、と思いましたが、勢いで最後までなんとか書ききりましたわい。
良かった、ふぅ...