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いい男とは

2008年3月7日

伊勢物語

在原業平こそ光源氏のモデルといわれる
伊勢物語は源氏物語より更に以前にかかれたもの。

ある男が書いた恋愛の短編集。

出光佐千子さんは伊勢物語から
当時を研究、
月刊「ペルソーナ」3月号から連載

その名で隠せませんので紹介します。
出光石油の創始者、出光佐三氏の直系の孫、
佐に千をつけて命名、その誕生を喜ばれたお嬢さん、

でもガッツがある。
出光美術館の膨大な展示物にちなんで
これから紹介、発表してくださいます。

「せめて夢ぐらいには現れてほしいのに、
夢にも現れない。あの人はなんて・・・・」
からはじまる。
夢があります。


最終更新日時 2008年3月7日 21時28分37秒
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二千円札

源氏物語が書かれてから今年でちょうど1000年、
ということで色々な催しがあります。

月刊「ぺるそーな」でもこれをきっかけに
兼田敏男氏に連載をお願いしました。
兼田氏は老練な弁護士ですが、
なんと趣味は源氏物語と万葉集の研究。

眼からウロコの源氏物語を語っていただけそうです。

第一にびっくりは、
わが2000円札の裏の絵でした。

日本人って本当にすみにおけない。
昔の人ではなく今のお役人にもウイットがある。

2000円札の裏、
令泉帝(このときはすでに院)と光源氏が向き合っています。
本当の息子と父親なのです。二人の美男。
光源氏の原点です。

戦争中は、源氏を論じることは不敬だと禁書扱い。

それを御簾のかげから覗いているのが
なんと唯一、紫式部の肖像だろうといわれている
人物像。けして美女ではありません。
でもあの作品によって永遠に美女として私たちの心に残っています。

このお札を作った人は文化的センスと
源氏物語を本当に知り、愛している人だと
あらためて知りました。

みなさまも2000円札が手にはいったら
手元に一枚保存されることをすすめます。





最終更新日時 2008年3月7日 21時10分2秒
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2008年3月6日

右脳インタビュー

僕も肝炎をやったのです、と片岡秀太郎氏、
俳優のような名前ですが、れっきとした仕事師。

彼の発想したオンラインの右脳インタビュー、
先月号から月刊「ぺるそーな」とコラボはじめました。

人の輪は大事です。輪が広がる思い。
何事も自分ひとりではなにもできない。

彼のよさは、じっとひたすら人の話を
相槌を打ちながら聴くこと。
私もはじめはインタビューの申し込みを突然うけて
初対面、大学の後輩とはそれから知りました。

ひたすら聴く、聴く、聴く、
その姿勢にこの人になにかあると思いました。

ヨットが好きらしい。かつては私もよくヨットで沖にでました。

彼には広い海が似合う、
キレイな海と空、
荒れる海はこわいけれど乗り切るとまたいい。

今、北方謙三の「波王の時」を読んでいます。
海はいい。でも海は男のものですね。

ところでようやくこの半月ほどの猛烈な食欲も納まったから
もう栄養は足りてきたみたい、

人間の身体って不思議、
こんなに食べて全然体重は変わらなかったのだから
身体を補修するためにガソリンが必要だったみたい。


最終更新日時 2008年3月6日 21時3分30秒
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タグ:発想 , 青年

おしゃれな字

月刊「ぺるそーな」3月号、書は人なり、
清雅堂・主人、広瀬保雄氏。

書を集めるのが趣味でもある我が誇れる義弟

今月は芥川龍之介
なんと爽やかでキレイでおしゃれな字でしょう。

こんな字で手紙をいただいたら
それだけでその人柄がわかる。

どうしてこんないい字が書けたのでしょう。

この手紙を書いたその月に芥川龍之介は
自殺しようとは誰が思ったかと広瀬氏

それはただ天が召すときだったのかもしれない。

天才はこの世を駆け抜けることもある。
私のようなものはまだまだ歩けということか。