人は、レスリングを見る観客だったりする。


客席から見えるのは、


選手と

世界の空虚。


選手としての芸術家や作家が

レスリングを競ってる。


繰り出される技に

観客は喝采を送る。


どちらが勝っても、 

負けても、

観客は、冷ややかに

「ゲス野郎」

怒鳴っている。


観客は、

血に飢えている。


人間なんて、こんなもの。


レスラーは殴り合いの死闘。


観客は熱心にレスラーが書いた本を読む。


不在としての本を読む。


言語学者は

「言語は現実ではない」と言う。


間に受けた観客のひとりが失神する。


隣りの観客が看病する。


気づけば、

レッスルするレスラーはもういない。


空虚だけが残っている。


観客の野次の声も、

虚空に響くだけだった。


季節のない会場に、

そよ風だけが吹いていた。


会場の支配人は、

もう二度と決してレスリングを開催しない。


読者は読書をやめた。


遅れてきた観客が、

チケットの払い戻しを支配人に迫った。


紙幣を数える音に混ざって、

硬貨の転がる音がした。