今回は葛城古道を歩いてみました。















JR和歌山線の2両編成の電車🚃に乗り、
JR御所駅を9時54分に着きました。


まずは葛城古道の九品寺側までの
約3kmを歩きます。
前日までの雨☔はあがりましたが、
葛城山山頂はもやがかかってます。
葛城古道は奈良県御所市の
葛城・金剛山東側山麓に沿った
南北約13kmある古道。
記紀神話や古代氏族の葛城氏・鴨氏ゆかりの
史跡が点在しています。
葛城古道は、ほとんどの道が
舗装されていますが
九品寺から葛城一言主神社までの間は
土道です。


歩いていると

火災予防の味のある絵が描かれた看板が
設置されてました。
こういう看板、明日香村でも見かけた
事があります。

楢原休憩所

楢原休憩所を過ぎると、動物避けの開閉式の
柵がありました🐗🦌
この柵を開けて先に進みます。
もちろん閉めましたよ。



しばらく歩いていると
「綏靖天皇葛城高丘宮趾」の碑があります。

第二代天皇 綏靖天皇が宮を置いたと
伝承されています。
この地は古代氏族の葛城氏が本拠地。
葛城氏の祖 葛城襲津彦の娘で
仁徳天皇皇后 磐之姫の故郷でもあります。
磐之姫は嫉妬深く天皇がお気に入りの姫を
宮中に招こうとしましたが、
磐之姫の嫉妬を恐れた姫が
故郷へ帰ってしまった事もありました。
磐之姫が宮中の新嘗祭で使う柏の葉を採取しに
熊野に行っている間、
仁徳天皇が宮中に矢田皇女を招きいれます。
これを知った磐之姫は怒って
宮中がある難波高津宮には戻らず、
淀川・山城川(現 木津川)を遡り
山城の筒城宮に隠りました。
天皇の使者が何度も戻って来るよう
説得しましたが、磐之姫は応じません。
しかし故郷に帰ったとしても宮中に戻されて
しまうため、帰る事もできません。
磐之姫は筒城宮でそのまま生涯を終えました。
磐之姫が筒城宮で詠んだ歌が残されています。
「つぎねふや 山城川を宮のぼり わがのぼれば
あをによし 那羅(なら)を過ぎ
をだて 大和を過ぎて 我が見がほし国は
葛城高宮 吾家のあたり 」
筒城宮からさほど遠くない奈良市佐紀町にある
「ヒシアゲ古墳」が磐之姫の陵とされています。
葛城古道を葛城一言主神社を目指して
歩きます。
ご覧いただきありがとうございました。
2026年9月30日
綏靖天皇葛城高丘宮趾
奈良県御所市森脇

