どうしてもステージに立つあの人と私の部屋に住みついてる人間が同一人物とは到底思えない。
そうなのだ。私が惚れたのはステージに立つあの人であって、今私の隣で寝そべって鼻をほじっているようなこいつではないのだ。

 はぁ、それでも私はこいつがあの人だと知っているから、見捨てるような真似は出来ない
 
 そんなことを思っていると、そんな私の気持ちを見透かしたように私の手を握ってきた

「俺はさ、駄目な人間だと思うんだよね。どうしようもなく。いい加減だしさ」
そうやって唐突に切り出した彼の言葉は、まっすぐに私の元には届かず、空中をふわふわとたんぽぽの綿毛の様に舞って私の脳みそに根を張った
「でも、だから歌いたい歌があるんだ」
私の相槌を待たずに彼は続けた。少し私の手を握る彼の手に力が入った。
「お前は凄いと思うよ。こんな俺を愛そうとしてさ」
彼は何を言い出すのだろうか。その手の暖かさに少し怯えた。

次の日のライブで彼は言った。
「人間の足りない所を、お互いで埋めようとするなんて無理なんだ。神様は、そんな上手い具合に人間を作ってないんだ。埋まらないままでいるしかないんだ。神様は、人間に自分を愛させる為に人間に限界を作ったんだよ。俺はそれでもいいけどね。」
ああ彼だ。私が惚れた彼だ。
そう思うのに、何故か泣きそうになった。
 私は誰を愛しているのだろう。私は何を愛しているのだろう。愛そうとしているのだろう。



今日はいつもより変じゃないか


そんなことを毎朝鏡を見て思う。いい加減気付けばいい事実には目を合わせずにいる。

いつならいいのだ。いつなら変じゃないのか。

自意識過剰なまでに鏡やそれに変わる物を見る毎日である。地下鉄の窓。携帯電話の画面。車の窓にバックミラー。誰かの瞳に映る自分。

街で目が合う人がもしかしたら、可愛いなこいつ、と思っているのではないかと一瞬考えて、そんなことあるわけないと諭す自分と、いやもしかしたらと夢を見る自分。


もうどうでもいいや


そうも思い切れぬ悲しい自我。鏡を見つめるのにも飽きた。飽きぬ顔になりたかった。電車の中で得意げに化粧をする向かいの女は文句の付けようのない飽きぬ顔。



世界の価値観がひっくり返ったらいいのに。


開き直り切れず、笑う時に歪んだ歯を隠す左手に今日も感謝している。

mixiでも日記は書いておりますが、どうしても日常を綴ってしまうし(mixiの目的はそれだから問題は何もない)、それでももっと人目を気にせずに、いやもしかしたらmixi以上に人目を気にする文章を書きたいとやっとこさ重い腰を上げるに至った。


フィクションでもノンフィクションでも、あたしがあたしを認めるために、あたしがあたしを諦めるために、書かなければならない。


そんな存在証明をここでする


誰でもいいし

方や

見届けて欲しい人も決まってる


そんな存在証明をここでする


届けばいいな

あたしにも君にも


ほいほーい