先遣隊の隊員たちも、ふつうではあり得ない植生に少なからず胸弾む思いであった。殊に、深い谷底に自生するガジュマルの木やシダの仲間のヒカゲヘゴの樹林、オオタニワタリの群生を目の当たりにすると、ここが標高千メートル級の山中なのかとわが目を疑わずにはいられない。突然出現したどこか異次元の景色に見とれて、われ知れず童心に戻っていくようだった。

山の稜線に夜の青みが滲みだした日没とともに、初日の行軍を終えた。

急峻な登山であればなおのこと、暗がりでの無理な走破は危険を伴う。予定より少し遅れていたが、もう一つ尾根を越えて、渓谷に平らな土地を捜すには時間がたりないと判断し、焦る気持ちを抑えて樹林の中でキャンプを張ることとなった。

ハンモックを吊る適当な枝を見つけはじめるが、これがなかなか都合いいようには見つからない。樹間が近すぎたり遠すぎたり、いい位置にあったと思っても細くて心もとなかったりと、妥当な枝を捜している間にすっかり暗くなった。

月明かりのない晩だった。思い思いに寝床を吊り終え、夕餉の準備にとりかかろうした矢先、いきなり銃声が山に轟いた。冴えた空気をつんざく不気味な響きが残った。

「なんだ?」

少尉の憤慨した声がとんだ。それより疾く、樹間を駆け下る足音が聞えた。漆黒の闇の中を四肢を獣のように操って木々の間をぬうように疾駆する、獣以上に狡猾で奔放で敏捷な生き物の動きだ。

遠征隊の中に緊張が走った。どこか行楽気分だったものが一気に吹き飛び、ヒリヒリする疼きが全身を刺した。これは訓練ではない、実戦なのだという現実が重く圧し掛かってくる。

しばらくして、腐木を踏みしだきながら、斜面を駆け登ってくる足音が聞えた。息せく気配もなく楽々と、まるで男児が公園の築山をかけあがるように登って来たのは、マタギだった。その顔は紅潮していた。

「シシ鍋にするぞ」

マタギが低く唸るようにつぶやくと同時に、ドサッとなにか黒い固まりが地面に落ちた。枯葉の湿った臭いとともに獣の生ぐさい臭いが鼻腔を抜けた。男の抜いた短剣が、枝にぶらさげたカンテラの弱々しい明りに鈍く光った。それはウメガイという、古の銅剣を彷彿とさせる両刃の短刀だった。

ウメガイが剛毛の骸に突き刺さり、赤黒い傷口が覗いた。血は松脂のようにどろりと毛皮の表面を滑り落ちた。そのあと黄ばんだ白い脂肪層があらわれた。ウメガイは白い身の深部をえぐるように毛皮を引き裂いていく。その動きに合わせて、分厚い皮は滑らかに波打った。生き物から食材に解体されていく生々しさに年少兵たちの目は釘付けになった。広翔は舌根の渇きを覚えた。唾を飲み込もうとするが喉につかえた。

森閑とする山の冷気がさっと梢を震わせて渡っていった。

ふと我にかえると、毛皮を引き裂き、腱をぶち切り、肉をそぐ音だけが響いていた。マタギは猪の胃袋を引き裂いて中身を当たりにぶち撒いた。しぶきの飛び散る音がして、血とも腐肉ともちがう饐えた異臭がたちこめる。うっと短い声をあげて鼻を手で覆う者もいた。広翔もその瞬間、顔をそむけた。