5月4日父が亡くなりました。
5月1日弟から「父の主治医からGW中に亡くなる可能性が高いと言われた」と
連絡が有り私は2日に父の病院に行きました。
病室に着くと父はバキュームの様な
呼吸機をしていました。
父の弟三人も到着し、先生からの提案で「このまま緩やかに死に向かっていくと思われます。
バキュームの様な呼吸機を外して、普通の高濃度酸素マスクにしませんか?
ただ、そうすると急に亡くなる可能性も有ります。」と言われました。
私達は相談し意を決して外してもらう事にしました。
その事を伝えに行った時弟は泣いていました。
同時に個室に移してもらいました。

バキュームの様な呼吸機を外しても、急に亡くなるような事はなく、あんなに苦しそうな呼吸機は外して良かったと安心しました。
認知症病院に入院している母を連れて来て
お父さんと会わせました。
ケンカばっかりだった、離婚の話が出たこともあった、家のお金をお父さんがまとめて定期にすると、私のお金を盗ったと責めた事もあった、でもお父さんはお母さんがお酒を飲んで階段から落ちて入院した時は毎日お見舞いに通っていた、そんな父が瀕死の状態を見て母は何を考えていたのかはわかりませんが、じっと父のことを見ていました。

父は看護師さんや主治医が「○○さ~ん」と呼びかける声には反応する(口を開けたり、目を開けたり)のに、私達身内の声にはピクリとも反応しませんでした。
看護師さんによると「他人には返事をしなきゃ、と思うけど身内には返事をするのもしんどいから反応しないのではないか」との事でした。
2日の夜は私が病室に泊まりました。
病室の椅子を2つ並べた所にシーツを引き寝ました。途中看護師さんが何度か入って来られ、何回か起きました。
3日だんだん反応が薄くなってきました。
看護師さんが呼びかけても反応しなくなりました。段々血圧も下がってきました。
3日の夜、弟が病室に泊まると言うことになり
私はどうしようか、実家に泊まるか、もう一泊病室に泊まるか思案していると、弟の「姉ちゃんも一緒に泊まろうや」の一言で病室に泊まる事に決めました。
私は昨晩と同じ椅子で、弟は床に敷パットを敷いて。
寝ていると看護師さんが二人走って来て、モニターを見ると
だいぶ血圧が下がっていました。眼球を見て主治医の先生を呼んで下さいました。
主治医の先生が来て死亡確認をされました。
子供二人泊まっている時で良かったです。
十分お別れする時間も有りました。
母と会わせる事ができて良かったです。