『見守る』
今の時代、親子の関係が<友だち>みたいっていうことを良く耳にします。
親と子どもの距離が短くなったような、良い響きです。
今日、学校でこんなことがあったよ。
今日、学校で喧嘩したんだ。
今日、先生に怒られた。
今日、こんな楽しいことがあったんだよ。
今日、友だちとこんなことした。
たくさん親子で会話するって、とても大切なことだと思います。
近頃思うことは、全てを子どもから根掘り葉掘り聞き出し(心配なんでしょうね)子どもの言った通りに受け取って一緒に一喜一憂する(ゆとりのある)親が増えたなと。
以前、子どもたちとスポーツをしている保護者の様々なブログで保護者を見ていて、保護者の方が思いを書いていました。
それはそれで素敵なことですが、一緒に一喜一憂して、口を挟みすぎてしまう(過干渉)は、子どもの考える力や失敗する力、悩みながらも方法を考える発想力などなどを奪っているように思えて仕方ありません。
話を聞いて、子どもの失敗も悩みも『見守る』ゆとりがあったら・・・、自分が子どものときは、そんなことがあったような気がします。