土星の一粒

土星の一粒

厨二の心を忘れない男の、思ったことや思わなかったこと

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前々から気になっていてずっと手を出してこなかった、映画「キャロル」を見ました。

期待を軽く上回ってくる、紛れもない「レジェンドオブ百合映画」。

『人生で見てきた中で一番美しい映画』でした。

 

以下、ネタバレだらけです。

是非視聴後にお楽しみください。

 

 

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<あらすじ>

物語

1950年代ニューヨーク。テレーズはデパートで働いていたが、将来は写真家になることを夢見ていた。クリスマスを目前に賑わうデパートの玩具売り場で、テレーズがキャロルという人妻に出会ったのはそんなときだ。稀に見る美しさと気品、そして寂しさを湛えた表情の持ち主である彼女に、テレーズは魂を奪われてしまう。

キャロルは、ショーウィンドーに置き忘れた手袋をテレーズが届けたのをきっかけに、彼女を昼食に誘い、また自宅に迎える。恋人リチャードと逢うときにはない高揚感に震えるテレーズ。キャロルは彼女に、関係の冷めた夫ハージと娘の養育権問題で揉めていることを洩らした。それを機にふたりの関係は急速に濃密なものとなってゆく。

だが、それを疎ましく思ったハージはキャロルから親権を奪う申し立てをする。元より親友のアビーと親密すぎる仲を保っていたことも含め、テレーズとの交際を重ねる彼女は母親に相応しくないというのだ。自暴自棄でテレーズに八つ当たりをしたキャロルだったが、深い詫びとともに審問の前に旅につきあってほしいと訴えた。テレーズはキャロルを責めることもなく同行に同意、キャロルがハンドルを握る車に乗り込む。

そしてその道すがらモーテルで情を交わしたふたりは、接近してきた探偵から、情事の様子を録音したテープを依頼主たるハージに送りつけたことを告げられる。キャロルは街に戻りハージらと対峙するが、逆に彼らの訴えを認める発言をするのだった。他方、テレーズとキャロルの関係は断ち切られたも同然となり、テレーズは写真撮影に没頭する日々を送る。だが、ふたりの情愛の残り火はまだ燃え尽きてはいなかった。

form Wikipedia「キャロル(映画)」 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AD%E3%83%AB_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

要するに『美しいお姉さま二人が目と目で会話し続ける映画』です。単純でしょ?

 

まず内容について、思ったことをチマチマ長々と語ったあとで、最後に自分の思ったことや分からなかったことなどを書きたいです。

 

<内容>

頭、いかにも高級そうなレストランの席で、二人の女性が向かいあっています。この二人こそが本作の主人公のキャロルとテレーゼ。

 

 

この二人、この時点でもう既に只者ではないことが伝わってきます。美しすぎる。

特にキャロルですが、最初に見た時は本当にビビった。「エロい」とかじゃ言い表せない。「妖艶」と言ってもまだ足りない。「美しい」と言ってみてもなお軽いんだけど、それ以外に言い表す言葉がない。そんな怪しげな雰囲気を漂わせた女性です。

 

見ている最中は、

『ああ、このお姉さん方がこれから百合百合するんやなぁ……』

とか考える暇などあるはずもなく。この二人が醸し出す只ならぬ雰囲気に、もう見ているだけでこっちがドキドキしてきます。

 

この後、テレーゼを探していた友人のジャックがこの二人に声をかけます。パーティーに誘われるテレーゼを見て、早々に立ち去るキャロル。

 

しかし、その立ち去る間際。立ち上がってテレーゼの肩にそっと手を乗せるキャロルと、その肩に触れる手を見つめるテレーゼ。

最大限に抑制が効いているけれど、キャロルの手つきやテレーゼの瞳が、明らかにただ事ではない「何か」を観客に伝えています。

 

 

、いう感じの思わせぶりな冒頭を置いてから本編はスタート。

クリスマスを間近に控えたある朝。目覚まし時計にたたき起こされたテレーゼは、ボーイフレンドのリチャードと二人で職場へと向かいます。

これがテレーゼ。……めっちゃ可愛くない?

 

彼女の仕事場はクリスマス商戦を控えたデパート。食事中も「店員心得」のようなものを読んでいたり、まだまだ垢抜けない「小娘」という印象。

 

そんなテレーゼに運命の瞬間が訪れます。娘のクリスマスプレゼントを買うために人形売り場に訪れた美しい貴婦人、キャロルに思わず見惚れてしまいます。

 

このシーンですが、まずテレーゼがキャロルに気がついて、テレーゼが見つめている内にキャロルも気が付き、しばしの間目が合って……という流れなのですが、「同性愛もの」ということを知った上で見ているので、「一挙一動が思わせぶり」です。

感想書くために今まさに見直しているんですが、このシーンって意識しないで見ると一瞬なんですよね。確認してみたら、実は30秒もないくらいでした。

 

でもこれ、初見は本当に長く感じました。

実際はただちょっと見つめ合うだけなんですけど、抑制の効いた演技が本当に凄くて……

なんでしょうね?「表現力」って言い方でいいのかな?

この作品全体を通して言えることなんですが、立ち振る舞いとか、ちょっとした会話の間や視線のそらし方なんかが、もの凄く雄弁に語ってくれる作品です。なので、百合のアンテナ 読解力のアンテナを最大限広げて見てみて下さい。

 

……ぶっちゃけた話、深夜の眠たい頭で文章書きながら二週目を流し見していると、全く情緒を読み取れず、マジで客と店員が会話しているだけに見えます(笑)。

 

 

その後のショッピングでの会話とかもそうなんですけど、「そういうもの」として穿った見方を貫いていると本当に琴線に触れるというか、百合厨にとっては酸素以上に生存に不可欠な「何か」が、ミシミシと供給されていくのを感じます。

素晴らしい。

 

 

へのプレゼントを買うも、お店のカウンターでうっかり手袋を忘れてしまったキャロル。

(見返してみると、ホントはワザと忘れたんじゃねぇかとも思うんだけれども……)

テレーゼはそれに気がついて彼女の住所まで手袋を送り届けます。

 

それから後日、「手袋を送ってくれたお礼がしたい」ということでテレーゼはランチに誘わることに。

何というかこの辺りの誘い方が、完全にナンパに慣れてそうな人のそれでした。押しに弱いテレーゼはあえなくこの悪そうなお姉さんとご飯を一緒にすることに。

 

どうでもいいんですが、食事を待っている間にテレーゼが「香水が素敵ですね」って台詞を言うんですよね。普通だったらただのお世辞なんですけど、この作品の趣旨からして、こういう台詞にこそ妙ないかがわしさが宿っています。堪らなく「よい」です。

 

ランチだけでは終わりにならず、週末にもキャロルの家に及ばれお呼ばれするテレーゼ。彼氏のリチャードは胡散臭く思いながらも、彼女をキャロルとの待ち合わせ場所まで送ります。そうしてキャロルの運転する如何にも高そうな車でキャロルの家まで向かうことに。

 

このキャロル、カッコよすぎませんか……

 

これから数分間、台詞なしでドライブのシーンが続くのですが、それがとても美しい。

雪景色の中、幻想的な音楽をバックにして、キャロルの唇やハンドルを握る手にゆっくりと画面がフォーカスしていきます。美しいキャロルを目で追っているテレーゼをハッキリと映しています。

 

 

ャロルの家でピアノを弾きながら、カメラマンという将来の夢を控えめに語るテレーゼ。

 

顧客の本当に求めている物

 

そろそろ「店員とお客様」では済まされないような只ならぬ雰囲気が漂ってきたところで、なんとキャロルの旦那ハージが帰ってきます。

 

ハージはキャロルが本妻幼馴染のアビーとベッタリなのが認められず、キャロルも彼の親戚や仕事の「お付き合い」に突き合わされるのにウンザリしており、離婚の協議中です。

そんなときに、別居中のキャロルをフラっと訪ねてみれば、また女を連れ込んでいる。悲しいことにハージはまだキャロルのことを愛しているのです。二人は口喧嘩を始めてしまいます。

 

 

構キツめの夫婦喧嘩を眼前にして、居心地の悪い思いをするテレーゼ。その後すぐにキャロルに駅まで送ってもらって、電車に乗って一人で帰ります。

その後――ここが、この作品で分からないところなんですが――電車の中で、テレーゼは堪えきれずに泣いてしまいます。

それが何の涙なのかは、正直僕の国語力では理解出来ていません。

 

・他人の夫婦喧嘩を見て動揺してしまったのか。

・好きな人の家で間男のように扱われたのが悔しかったのか。

・自分のキャロルへの想いを認識して胸が締め付けられるのか。

分からないなりに、非常に印象に残ったシーンでした。

 

後日、弁護士に呼び出されて、『交友関係を突かれて『道徳的条項』を理由に娘と面会できなくなった』ことを伝えられるキャロル。行き場のなくなった彼女は、クリスマス休暇にテレーゼと旅をすることを思いつきます。

その計画をアビーの前で話す時のキャロルですが、アビーに「彼女はまだ若いのよ。自分が何をやっているか分かっているの?」と軽く静止された時の切り替えしが、以下のセリフです。

カッコよすぎない?

多分このカッコ良さは静止画では伝わってないと思う。是非本編を見て頂きたい。

 

 

て、キャロルの誘いを二つ返事で了解したテレーゼは、キャロルの車に乗って二人で旅に出かけます。

え? その間にも彼氏に引き留められたり旦那が留守宅に訪ねたりしただろって? あいつらはどうでもいいんだよ。

 

そして旅先の宿。入浴中のキャロルに「セーターをとって」と言われて、キャロルの荷物を漁るテレーゼ。その時に偶然にもタオルに包んで隠し持っていたキャロルの拳銃を見つけてしまいます。

(どうでもいいですけど、このリボルバーも推理小説で出てきそうな代物で、これまたシックでお洒落なんですよね。)

 

この拳銃、なんで持って来たんでしょうね? 心中するつもりだったのか、それとも旅を邪魔するヤツらに抵抗するつもりだったのか。最初は前者と思って見ていましたが、この直後のセリフで「何かに怯えているの?」とテレーゼが尋ねていることから、多分後者が正解ですかね。

 

それも問題なのですが、二回目に見直して気が付いたことは……

何嗅いでんねん。

 

いや、びっくりした。なんの溜めもなくスゲー自然に嗅いでた。あんまりにも自然だから、最初見た時は「あれ?自分の服を見てるんだっけ?」って勘違いしていましたが、二週目に見て気が付いたときは、流石のハムカツも「おぅ」ってなってました。

 

そうして日が暮れるころにホテルに到着。チェックインする時に「せっかくなら高い部屋にしたら?」というようなことをテレーゼが言っていて、二人の関係が対等に近づいているのを感じます。

その夜、キャロルにお化粧を教えてもらうテレーゼ。

シックで上品なホテルの一室で、二人で同じ匂いの香水を身にまとって、お互いの香水の匂いを嗅ぎ合って――

ブラウザ越しに花園が広がっていました。

 

次に泊まったホテルで新年を迎えた二人。

テレーゼはいつも一人きりで、キャロルは夫のお付き合いで、孤独に迎えていた年明けでしたが、今年は心を通わせる二人で過ごすことが出来ました。その喜びを伝え合い、キスする二人。そうしてついにベッドへ――

 

――ここから先のシーンは何も言うことがないのですし、スクショも張りません。実際に見て下さい。凄いです。

 

 

 

の翌朝、なんと前日の情事の音声が録音されていたことが分かります。それをしたのは親権を自分の側に持っていきたい、離婚調停中の旦那のハージ。なんだハージ下種野郎かよ!俺に音源寄越せ!

「道徳的条項」に関する決定的な証拠を押さえられたことで、親権の争いでキャロルは窮地に立たされ、二人は意気消沈してしまいます。

 

その次の朝、起きてみればキャロルは旅立っていて、正妻アビーが一人でテレーゼを迎えに来ていました。

 

 

ふさぎ込むテレーゼにアビーは一通の手紙を渡します。そこには「もう一度会える時まで、お互い連絡は取らずにいましょう」ということがキャロルの文字で記されていました。

 

というか、あれですね。この辺りのシーンでは、テレーゼがアビーに、キャロルとの馴れ初めを聞くの面白かったです。

特に「5,6年前から関係が出来た」っていうのが、意外と最近で驚きました。若い時からそういう付き合いだった訳じゃなくて、それこそ結婚してから5年後とか、子供が出来るちょっと前くらいにそういう世界に足を踏み入れたんですかね。

もっと言えば、「車が故障したせいで偶然母親の家に泊まって、そこのベッドで二人で寝たせいで――」っていう、同性愛に目覚めたきっかけが妙に生々しくて好きです。

 

 

に戻って彼女の思い出の写真を現像すると、すぐに部屋の壁を青く塗り替えるテレーゼ。

塗り替えを手伝っているボーイフレンドとのやり取りからも、今までとは違い幾分か自信に満ちた様子が伺えます。

これの少し前の、橋の下でテレーゼとリチャードが何かしらやり取りしているシーン、台詞なしなので分からなかったのですが、リチャードから別れを切り出されているらしいですね。

 

恐らく『タイムズの事務の仕事』をすることにしたテレーゼ。

仕事と写真で頑張っていたある日、キャロルから手紙が届き、また会いたい、と食事に誘われます。

テレーゼは手紙はぞんざいにゴミ箱に捨てつつも、キャロルと会うことに決めます。

そうして冒頭の会食のシーンへ。

只ならぬ二人がそこに居ます。

 

 

めて会った時とは違って、髪も整えて、堂々とした雰囲気をまとったテレーゼ。

キャロルは再開を嬉しく思いつつ、差し出された煙草も秒速で断るなど受け答えも素っ気ないテレーゼに少し面食らいます。

ほどなくキャロルはポツポツと自分の近況を語ります。

娘の親権は旦那の側に行ったこと。

仕事を始めて、一人暮らしをしていること。

そうして

『今自分が借りている家に一緒に住まないか』、とテレーゼを誘います。

しかし、

テレーゼはキッパリとそれを断ります。

 

「一回来てみれば気が変わるかも……」とキャロルは少し粘りますが、テレーゼのつれない態度に、最後に一言「I love you」とだけ呟いて話を切り上げます。

冒頭のシーン通り、テレーゼの肩を軽く撫でて去ってしまいます。

 

テレーゼはキャロルを置いてパーティーに行きました。しかし、自分に気のある素振りだったボーイフレンドはみんな相手を見つけています。テレーゼは手持ち無沙汰になってパーティー会場を抜け出し、キャロルに誘われたパーティーの会場へと向かいます。

 

群衆の中でキャロルを見つけ出し、真っ直ぐにキャロルのいるテーブルへと向かって行くテレーゼ。

遠目に見つめ合い、思わせぶりな視線を交わし合う二人を映して、物語は終わります。

 

<舞台>

まず舞台設定が素晴らしい。

50年代の時代がかった雰囲気が、ロマンティックな映像を作っています。

しかし、ただの「レトロ趣味」や「ノスタルジー」とは全く違います。

カメラや拳銃など、小道具の少し時代がかった感じが、言うなれば「ロマンスが似合う景色」を作っています。安っぽさとか生活感から離れた、「得も言われぬ高級感」「優雅さ」がある、と言ってもいいかもしれません。

 

「同性愛が精神病として扱われていた時代」ということになっていますが、そういった時代背景はあんまり表に出てこないです。(ちょっとだけ『心療内科が云々』といったセリフが出てくるくらい)

いっそ「この美しい二人に見合うような、美しい舞台と時代を選んだ」と言われた方が納得できるくらいです。

 

後、出てくる女の人がみんなタバコ吸ってます。めっちゃタバコ吸ってる。でもそれが凄くクールでイイんですよね。まぁこれは、自分がタバコ女子を好きなだけ、っていうのもあるのかもしれないんですけど。

 

 

<感想>

ただただ美しかったです。

 

この映画は「性的少数派の生きにくさを描いた――」というような趣旨の映画ではありません。実際、劇中では同性愛者であることそのものについての苛烈な偏見や攻撃は殆どなく、「50年代である」という設定すら忘れていました。

言うなれば、

「美しいものを美しく描ききり、その圧倒的な質量でぶん殴る映画」でした。

ひたすらに心の向かうまま、ラディカルに突き進んでいった二人のお話です。

 

彼氏やら旦那やら「世間一般の人々」が所々で出てくるけれど、そいつらもただの悪役という書かれ方がされていないのも好印象でした。

少数派、あるいはキャロルのような自由を求める人間にとって、「善良な人々」こそが不俱戴天の仇ですから。

彼らやブラウザ越しの自分には恐らく辿り着けないような、理屈抜きの真っ直ぐな愛の世界。

 

しかし、百合ものに付きまとう、百合を見ている男は何処にいるのか問題』。人の言葉を借りれば『「我思う故に百合あり しかし我必要なし」問題』に似た根源的な論理の地平線を垣間見てしまいました。

そうなんだよなぁ。

これから映画のような劇的な恋愛が俺の身に起こったとしても。。。

 

キャロルのように美しくなれないんだよなぁ。

だって男だもんなぁ。

 

だがしかし、せめて美しいものを美しいと分かる心があったことを幸せに思います。

 

忘れられない素晴らしい映画でした。

原作の小説も読んでみます。

 

それでは・

 進撃の巨人、面白いっすよね。

 最初のころのミステリーっぽい感じも楽しかったのですが、最新刊付近の世界史っぽくなってきたところが中々に自分の好みにあっていたので、ちょっと真面目に考えてみようかなと思いました。

 

※進撃の巨人23巻までの内容のネタバレ含みます。

 

 ウォールマリアを奪還し、エレンの地下室へ辿りついた壁内人類たち。巨人たちを退け、世界の真相も知り、調査兵団が設立当初に考えられていたであろう目標を達成したところで22巻が終わりました。さてこの後で壁内人類はどう生きるか、一つの壁を乗り越えた後で、次にどんなビジョンを示すべきか、それを考えていきたいと思います。

 

 何故こんなことを思ったかというと、ウォールマリア奪還作戦が終わって、初めて念願の海を目にしたエレンのセリフが印象的だったからです。

 海の向こうを指さしたエレンの、「向こうにいる敵……全部殺せばオレ達、自由になれるのか?」という問いは、パラディ島(エレン達が住んでいる島)の人類全員が直面する問いです。この発言をそのまま受け止めるとすれば、パラディ島とマーレの全面戦争にどう勝利するか、でしょうか。確かに技術力、人口、国土、どれに関しても圧倒的な差があるマーレ勢力を、現実的にパラディ島人類の力で倒せるかと言われれば今の段階では厳しいでしょう。

 しかしより根本的な問題として浮上してくるのが、そんな民族浄化の戦いに参加をして何か意味があるのか、です。敵を全滅させない限り彼らに自由がないとすれば、それは全く悲惨です。何百年かけたとしても終わる見込みのない泥沼の戦争を始めて、それに完全勝利しない限り自由が訪れないとしたら、もう人類に自由が訪れる日は来ないではないか。そんな非現実的な遠い未来にしかないものを、そもそも「自由」と呼ぶべきなのか?

 

 エレン自身は恐らく自覚していると思いますが、この問いは幾らか哲学的で、かつその後のパラディ島人類の行動を具体的に決定する現実的な問題です。

 

 無事に島内部にいる「巨人を駆逐」した壁内人類。壁外の手つかずの国土をどう開拓するか、マーレに後れを取っていた技術開発をどれだけ進めていくか。内政が好きな人間には非常にワクワクするところです。しかし、そうは言ってもいつか島の内部で発展は飽和します。その時にどうするか、予め決めなくてはいけません。眼前に示された理不尽を脇においたまま強引に経済発展だけを目指せば、その内に人口問題や貧富の格差にぶち当たり、その不満を解決するために大陸への無謀な戦争へと駆り立てられる未来まで見えます。よくある話です。

 

 もっと突っ込んだ話をすると、この手の問題って現実の国でも当然に発生するものですよね。日本で言えば明治維新後、敗戦後、高度経済成長後、国が元々立てていた理念を達成したり失敗したり、あるいは時代が動いていって理念そのものが古くなった時に、新しくどんなスローガンを打ち出すべきか。ふと立ち止まり、何十年先を見据えてかじ取りをすることは本来大切なことです。

 

 この記事では23巻までの内容を基に、パラディ島政府の実権を握っている調査兵団たちはどう行動するべきなのかを考えていきたいと思います。

 

 もう雑誌の方ではパラディ島人類の話に移っているかもしれませんが、単行本が出る前に一度自分の考えを纏めてみます。単行本が出た時に、作中のエレン達と答え合わせをするのが楽しみです。こうやって販売までの予想する楽しみがあるのも、リアルタイムで読んでいる人間の特権ですよね。

 

 

 

1.パラディ島人類全体の、生命と財産の安全確保。特に無垢の巨人(以下、単に『巨人』とだけ書きます)によって奪われていた、居住や移動の自由の保証。巨人による恐怖からの解放。

 

 調査兵団の理念です。

 この実現のためには、島の外からの巨人の流入と島の中での巨人の発生を防ぐことが求められます。具体的にやるべきことは、『島の海岸線に防衛ラインを築きマーレからの巨人の流入(いわゆる楽園送り)を阻止すること』と『巨人化の薬の研究、保存、製造などを厳重に管理すること』でしょう。

 23巻を見るに「マーレからパラディ島へ向かった船が全て帰って来ていない」とのことなので、前者は達成している様子です。駆逐艦を落せるような近代的な戦艦を作っているとは考えにくいので、多分上陸したところを待ち伏せしているのでしょうか。

後者はどうなっているかは微妙に気になるところです。多分「楽園送り」をしようとしているマーレの船を拿捕しているはずなので、上手くいけば巨人化する薬をそこそこの量の薬を奪っているはずなんですよね。これがもし島内部の反体制勢力とかが手にしたらヤバいですね。壁内部で巨人化とかいう極悪なテロが可能になります。

 まぁ最悪なのは、自国民を脅しつけるために無垢の巨人を使うことですかね。「巨人からの自由」という組織の理念に反しますから、それをやることだけはなしにしてほしい。ないと思いますが。王政時代だったらやりそうだけど。

 

2.パラディ島人類が、運命共同体であることの再確認

 外に巨人という明確な敵があった時でも、憲兵と調査兵団でいがみ合っていたり王政貴族が民衆を無碍にしていたりと、壁内の結束はいまいちでした。しかし、良くも悪くもマーレ勢力はパラディ島人類の絶滅を目指しているので、対マーレとの戦争において、パラディ島人類は運命共同体です。

 ウォールマリア奪還当時でこそ調査兵団は圧倒的な支持を得ていましたが、それが何処まで続くかは分かりません。特に技術発展や開発が進むにつれて、貧富の差が拡大し、その間での分断が危惧されます。そのためにどのような施策をとるべきでしょうか?

 

2.1 マーレからの攻撃に備え、立ち向かうことを約束。

 まぁ、これを否定する人はいないでしょう。恐らく十分に実行されていると思います。

 

2.2 「エルディア人ナショナリズム」は掲げられるのか?

 ここは難しいところです。

 国威発揚のためにエルディア人の優位性を訴え、マーレへの憎悪を掻き立てるのはアリかもしれません。「大陸を支配した過去の栄光を取り戻す」というストーリーは、パラディ島人類を動かすのに十分ですし、マーレ領内のエルディア人に反乱を呼びかけるのも有効かもしれません。

 しかしこれは確かに国策・プロパガンダとしては妥当かもしれませんが、一人の人間の思想として正しいかどうかは分かりません。少なくとも、エレン個人の発した言葉への返事として妥当ではないでしょう。だってこれって、要するにマーレと同じことをもう一度やれっていうことですから。勿論技術が進歩する以上歴史は繰り返さないのですが、自由を求めていたエレンたちに『自分たちのような自由を奪われた人間を海の向こうに作れ』と言うのは、余りにもグロテスクに思えます。

 

 

3.外交政策の方針決定

 

3.1.1 マーレ滅亡を目指す?

 エレンの発言を原理的に目指すならこれを目指すことになることになります。また実行に移さずとも、国威発揚やプロパガンダのためにこれを掲げることも十分ありえます。

 しかし、これを何処まで真剣に実行に移すかは微妙かもしれません。広大なマーレ領をどう支配出来るだけ、エルディア人の人口がいるかは甚だ疑問です。

 

3.1.2 専守防衛に努める?

 実際問題として、兵力に大きな差があるマーレと戦うに当たって、パラディ島人類の技術水準が追いつくまでは長いこと防戦一方でしょう。少なくとも、近代的な陸海空軍を用意出来るだけの技術が確立されるまでは攻勢に移ることは覚束ないことでしょう。

 しかし長期的に見ると孤島でずっと孤立していても状況は厳しくなるはず。狭い国土では開発もすぐ頭打ちです。特に技術で大陸から置いていかれるのは避けたいところです。

 

3.2 近代国家としての地位の確立?

 自分が思うに、パラディ島人類にとって一番妥当な道は「反マーレ」を掲げる一つの近代国家となり、大陸の反マーレ勢力と連携しながら、主権国家として『ボチボチ』やっていくことだと思います。ただ単純にマーレの滅亡を訴えるだけでなく、戦争を含めた外交的手段をフルに活用して小国ながらもしたたかに生き延びる道を目指すことを目指すのがよいのではないでしょうか?

 そのためにパラディ島人類にとって最も重要なものは大陸の情報です。フクロウのような、内地エルディア人のレジスタンスからの情報が一番得やすいでしょうか。特に技術発展の情報や、マーレに対抗する勢力の情報は必要です。そのようにして得た大陸の情報網を基に外交のルートを確立して、大陸に対して影響力を持ちたいところ。

 その道筋はそれこそ世界史の授業に出てくるようなもので、漫画にしたためるまでもない内容です。漫画「進撃の巨人」の醍醐味であるカタルシスやヒロイズムの世界はもうそこにはありませんが、現実的な世界で生きるとは、概ねそんなようなことではないかと思っています。

 

 

 さてボチボチ書いてきましたが、一番書きたかったことは最後の数行です。

 ヒロイックな世界観が終わったあとの、リアルでしみったれた世界。これを以下に生きるのか、どう受け入れていくのか、彼らのこれからが楽しみです。

「神吉一人」の名前でこれまで作ってきた作品を公開。
 制作時の思い出、初出、完成日、加筆等のバックログ等をこちらに纏める。



1.「Phantom-Pain」(13965字)
2014/10/12 完成
初出:(26年度六甲祭企画誌)
後書き「レッドブル(330ml)に助けられ、無事書き上げました。原曲はthe pillowsの『phantom pain』。読後のEDテーマに是非。」

神吉一人、記念すべき処女作。テーマは「乾いた悲しみ」
誤字脱字の数々、単語の誤った使用、「・・・」と「…」の不統一、二人称の無駄な変化、突飛な世界観、事実関係の理解しにくさ、等々、粗削りというにも粗削りな作品。
雰囲気小説としての評価は意外にもよかった(狙った通り『春樹っぽい』との評価)記憶があるが、部内でも何が起こったのかを理解してくれた人は殆どいなかった。入れ替わりトリックは結構気にいっていたので残念。
完成度の低い作品ではあるが、比喩表現には実験的なものが多く自分にしてはセンスが冴えていたこと、粗削りなりに恐れ知らずでパワフルな仕上がりであること、世界観や雰囲気が確固としてあってかつ好みが出せたこと、などの理由で作者的には実はかなりお気に入り。自分でこれよりも好きになれる小説をいつか書ければと思っている。


2.「まどろみ」(詩)
2014/12/3 完成
初出:(合同合評会)

こちらも記念すべき、人生で初めて書いた詩の作品。
長い。とにかく長い。とてつもなく冗長。
それっぽい単語を並べただけと言われると本当に何も否定出来ないのだが、とりあえず見るに堪えないほどの出来では一応ないと思っている。前作と合わせて『綺麗な表現が得意』という評価を得た。
最も敬愛する詩人であるところの楡先輩から「初めてにしては悪くはない」という意外な評価を頂け、これで完全に調子に乗った自分は次回作で一生物の黒歴史を残すことになる。


3.「カーニバルとネクロフィリア」(詩8編)
2014/12/29 完成
初出:(清流37号)
後書き「雨上がりの通学路、すれ違う人々を見ながらこの文章を思いつきました。」

黒歴史。読むな。
「清流は何をやっても許されるから、今のうちに色々やった方がいい」という先輩からのアドバイスにより、グロテスクさへの挑戦と「綺麗」な文章からの脱皮を目指して作った作品。
そもそもグロくない上に気持ち悪くもなく、真の狂気に至れない安っぽい中二病を晒すのみ。表現においては視覚的(笑)なことをいくつか試してはいるがダダッ滑りしていて、紙面が勿体ないこと甚だしい。
楡先輩以降途絶えていた文芸研の詩クラスタ候補として周囲の期待を受けていながら、これ以降殆ど詩に手を付けていないことが、この作品による自分へのダメージの深さが分かる。
これで挑戦した内省的というか心情の解剖するような文章、そしてグロテスクへのリベンジは「悪魔とブランチを」に持ち越されることとなる。
ちなみにこの時の清流は自分を含めて皆暴力的かダークな内容が揃い、表紙のシックでホラーチックな雰囲気も含めて、ポップであった前作と眩しいコントラストを作っていた。



4.「贈り物」(見開き1ページ)
2015/2/25 完成
初出:(27年度新歓企画誌)
後書き「そういえば星新一で全く同じものがあったかもしれません」

「とにかくコンパクトで、意味の伝わる作品を」という目標で書いたもの。
確かにコンパクトで意味も伝わりやすく、情景描写も悪くないのだが、書いていて、また読み直して全く思い出も思い入れもない作品となってしまった。この作品以来、僕は良くも悪くも「話の纏まりをよくする」ということを殆どしなくなった。



5.「ここにずっと、いるだろう」(14101字)
2015/8/19 完成
初出:(清流38号)
後書き「中一の時の授業で「いちご同盟」を扱ってくれた国語教師には、今になって本当に感謝をしています。最高に気持ち悪い文章になってしまったので、次は気を付けます。多分。」

「自分の代表作として清流に残るものを書いてやろう」という意気込みで長い間書いていた作品(『Beatutiful Picture』)を締切二日前くらいに友だちに見せて、そこで作品の構造的欠陥を指摘されることとなり、編集に締め切りを2日伸ばしてもらい4日くらいで急遽書き上げた作品。
ともあれ結果としては無事自分の代表作となってくれる作品となり、初めて「完成した」とひとまずは言える作品を作れた。良くも悪くも、この作品が当時の自分の筆力の限界であった。
作品のアイディアは、珍しく「小説のアイディアを出そう!」と意識して考えた結果浮かんだものだった。やはり地の文に難があっても、冗長でも、初っ端の方向付けが良ければ問題なく作品にはなるのだなと理解させられた。
ラスト近辺の一人語りは冗長という意見が多かったが、どうだろう? 自分の中ではこういう視点がないことにはよくあるお話になってしまうと考えて付けてみた。「思春期時代の情熱や鬱屈を、大学生になって眺め返す」という内容は、自分にとって重要な創作上のテーマのうちの一つだ。



6.「群青リライト」(8847字)
2015/10/4 完成
初出:(27年度六甲祭企画誌)
後書き「白馬は馬に非ず、美少女は少女に非ず、美少女愛は少女愛に非ず。書きなれないことにチャレンジしてこんな感じになりました」

「女子中学生(13)と男子高校生(18)がプールサイドで遊ぶお話」と部長に要約された。確かに事実関係としてはそれでOKだが、自分の中では「フラストレーションや塞ぎこんだ思いが一気にひっくり返る瞬間」というのを書きたいがための作品であった。まぁ美少女とプールサイドで遊ぶのも大事だが。
元々は文芸フリマに提出するために用意をしていて、それに合わせて「萌え」っぽいお話を目指していたのだがそれがとても難しく、17000字のものを作ってから20000字にリライトした挙句、それを没にして「ハルちゃん」という名前とプールだけを残して9000字程度のこの作品を作った。
内容を絞った甲斐があって情景描写と台詞のバランスはよい評価を得た。また「いなくなった元カノの妹」という設定は我ながら満足のいくアイディアである。
しかし、可愛い女の子を書くのは難しい。そもそも女の子を書くこと自体がとても難しい。僕にとって、行動や価値観に自分自身を投影できないキャラクターたちは何処かブラックボックスと化してしまうのかもしれない。
彼女が別れた理由は設定上は確固としてあるのだが、まぁとり立てていう必要はないだろう。どちらかと言えば、今回の作品は出てこない彼女の方が好みのキャラクターになった。
因みにこの少女の元々のモデルは艦これの春雨ちゃんで、読書会でそれを言うなり周囲からは「聞きたくなかった」という顔をされた。



7.「届かなくても、いいから」(詩)
2015/11/12 完成
初出:(27年度六甲祭フリーペーパー『濁流』)

下宿で一人で寝ている時の唐突な孤独感を書こうとして、「深夜テンションの心情を素面で書く」という高難易度のミッションに立ち向かうこととなった作品。
大分短い詩だが、実際はこれの10倍くらいの日本語を書いて没にしてを繰り返していた。
ラストの「自殺~」の部分は確かにアンバランスなのだが、どうしても単調な詩になっていたところにフックを入れたかったので、わざと崩れるように押しこんで入れた。
読書会での感想では「女の子っぽい内容や感情」だと言われて、それ以来作品を作る時は意識してそういった感傷に寄せながら作っていった。



8.「Ever Last」(19347字)
2016/1/7 完成
初出:(清流39号)
後書き「内容はともかく、書いている間に得るものが一番多い作品でした」

中学三年から頭の中で作っていたシリーズものの作品の、その登場人物たちを元ネタにした人物の一幕。数年前からずっと考えていたものをささやかながら形に出来て目出度く幸せなことである。その上に以前から書きたかった百合モノを書くことが出来て満足である。
Once,Twice,Thrithという三部構成(実質的には前ふたつと三つ目の二部構成)である。前半が優香、後半が亜紀の一人称小説になっている。情景描写が細かい優香と心情吐露に徹する亜紀という形で地の文に差があるが、自分の意識としては、前半の情景描写に脳味噌振り絞って力尽きた所で、100%手癖だけで書ける後半部分をくっつけることを考えたという次第である。
元々は『Even if』というタイトルで、二人が別れるお話を書く予定だったのだが、人物設定を考えていくうちに、「彼女らは、良くも悪くも一生離れることはないだろうな」と気がついて、このタイトルに変更になって、全く別の作品になった。
「又従姉じゃなくて従姉でいいじゃん」などのツッコミもあり全くその通りなのだが、これは元ネタの物語の設定に準拠したためである。



9.「The Second Law of Thermoldynamics」(見開き1ぺージ)
2016/5/15 完成
初出:(神戸大学新聞6月号)

理系用語を用いた文章を一度作っておきたいと思い、作成。
今までで一番簡単に、短時間で、肩の力が入らず、やりたいように作れた一作。
タイトルの理由は「お兄様を食べて、お兄様を産んで」のようなサイクルが作れる訳ねぇじゃんというような理由から。




10.「悪魔とブランチを」(24154字)
2016/8/16 完成
初出:(清流40号(予定))
後書き「誰も得しない文章を全量で投げつけに行くスタイル」

文芸研を卒業する前に、一度くらいは自爆テロ的に傷跡を残していこうと思って作った作品。
元々は友人を元ネタにした悪魔を殺すお話で、それが結局自分語りになって、最終的には自分の小説観を語るような作品に変わって行ったのが作っていて意外だったし良かったところ。
悪魔と称される友人と二人暮らしする男子大学生のお話。グロさを前面に押し出した作品を作ろうとしていたが、虐殺シーンは実際にはそこまで話に繋がってはこず。
内容もクォリティーも本当に身内ウケ以上の何一つも狙っていないのだが、何というか、部の同回生達の作風やスキルが概ね固定されてしまい「上手い作品」が増えたところで、インディーズ臭いというか、やりたい放題な、書き手の自己満足のためだけの作品しか作れないヤツが、一人くらい居てもいいんじゃないかと思って書いた次第。在部中の最期まで作風は迷走し続けていたが、それだけ幅があるということでよしとしよう。俺は自分に優しいのだ。
スキル的には何の上達も無かったし、過去作と比べても地の文の雑さが凄まじいのだが、書いた俺は楽しかったのでOKとしよう。
こっちに添付してる作品は、ブログの文字数制限の都合で40000字以上になるときは分割する必要があるので分けていますが、本来は一つなぎの文章です。二分割するとすごいテンポが悪いのだがそこは不本意と主張したい。