前々から気になっていてずっと手を出してこなかった、映画「キャロル」を見ました。
期待を軽く上回ってくる、紛れもない「レジェンドオブ百合映画」。
『人生で見てきた中で一番美しい映画』でした。
以下、ネタバレだらけです。
是非視聴後にお楽しみください。
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<あらすじ>
物語
1950年代のニューヨーク。テレーズはデパートで働いていたが、将来は写真家になることを夢見ていた。クリスマスを目前に賑わうデパートの玩具売り場で、テレーズがキャロルという人妻に出会ったのはそんなときだ。稀に見る美しさと気品、そして寂しさを湛えた表情の持ち主である彼女に、テレーズは魂を奪われてしまう。
キャロルは、ショーウィンドーに置き忘れた手袋をテレーズが届けたのをきっかけに、彼女を昼食に誘い、また自宅に迎える。恋人リチャードと逢うときにはない高揚感に震えるテレーズ。キャロルは彼女に、関係の冷めた夫ハージと娘の養育権問題で揉めていることを洩らした。それを機にふたりの関係は急速に濃密なものとなってゆく。
だが、それを疎ましく思ったハージはキャロルから親権を奪う申し立てをする。元より親友のアビーと親密すぎる仲を保っていたことも含め、テレーズとの交際を重ねる彼女は母親に相応しくないというのだ。自暴自棄でテレーズに八つ当たりをしたキャロルだったが、深い詫びとともに審問の前に旅につきあってほしいと訴えた。テレーズはキャロルを責めることもなく同行に同意、キャロルがハンドルを握る車に乗り込む。
そしてその道すがらモーテルで情を交わしたふたりは、接近してきた探偵から、情事の様子を録音したテープを依頼主たるハージに送りつけたことを告げられる。キャロルは街に戻りハージらと対峙するが、逆に彼らの訴えを認める発言をするのだった。他方、テレーズとキャロルの関係は断ち切られたも同然となり、テレーズは写真撮影に没頭する日々を送る。だが、ふたりの情愛の残り火はまだ燃え尽きてはいなかった。
form Wikipedia「キャロル(映画)」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AD%E3%83%AB_(%E6%98%A0%E7%94%BB)
要するに『美しいお姉さま二人が目と目で会話し続ける映画』です。単純でしょ?
まず内容について、思ったことをチマチマ長々と語ったあとで、最後に自分の思ったことや分からなかったことなどを書きたいです。
<内容>
冒頭、いかにも高級そうなレストランの席で、二人の女性が向かいあっています。この二人こそが本作の主人公のキャロルとテレーゼ。
この二人、この時点でもう既に只者ではないことが伝わってきます。美しすぎる。
特にキャロルですが、最初に見た時は本当にビビった。「エロい」とかじゃ言い表せない。「妖艶」と言ってもまだ足りない。「美しい」と言ってみてもなお軽いんだけど、それ以外に言い表す言葉がない。そんな怪しげな雰囲気を漂わせた女性です。
見ている最中は、
『ああ、このお姉さん方がこれから百合百合するんやなぁ……』
とか考える暇などあるはずもなく。この二人が醸し出す只ならぬ雰囲気に、もう見ているだけでこっちがドキドキしてきます。
この後、テレーゼを探していた友人のジャックがこの二人に声をかけます。パーティーに誘われるテレーゼを見て、早々に立ち去るキャロル。
しかし、その立ち去る間際。立ち上がってテレーゼの肩にそっと手を乗せるキャロルと、その肩に触れる手を見つめるテレーゼ。
最大限に抑制が効いているけれど、キャロルの手つきやテレーゼの瞳が、明らかにただ事ではない「何か」を観客に伝えています。
と、いう感じの思わせぶりな冒頭を置いてから本編はスタート。
クリスマスを間近に控えたある朝。目覚まし時計にたたき起こされたテレーゼは、ボーイフレンドのリチャードと二人で職場へと向かいます。
これがテレーゼ。……めっちゃ可愛くない?
彼女の仕事場はクリスマス商戦を控えたデパート。食事中も「店員心得」のようなものを読んでいたり、まだまだ垢抜けない「小娘」という印象。
そんなテレーゼに運命の瞬間が訪れます。娘のクリスマスプレゼントを買うために人形売り場に訪れた美しい貴婦人、キャロルに思わず見惚れてしまいます。
このシーンですが、まずテレーゼがキャロルに気がついて、テレーゼが見つめている内にキャロルも気が付き、しばしの間目が合って……という流れなのですが、「同性愛もの」ということを知った上で見ているので、「一挙一動が思わせぶり」です。
感想書くために今まさに見直しているんですが、このシーンって意識しないで見ると一瞬なんですよね。確認してみたら、実は30秒もないくらいでした。
でもこれ、初見は本当に長く感じました。
実際はただちょっと見つめ合うだけなんですけど、抑制の効いた演技が本当に凄くて……
なんでしょうね?「表現力」って言い方でいいのかな?
この作品全体を通して言えることなんですが、立ち振る舞いとか、ちょっとした会話の間や視線のそらし方なんかが、もの凄く雄弁に語ってくれる作品です。なので、百合のアンテナ 読解力のアンテナを最大限広げて見てみて下さい。
……ぶっちゃけた話、深夜の眠たい頭で文章書きながら二週目を流し見していると、全く情緒を読み取れず、マジで客と店員が会話しているだけに見えます(笑)。
その後のショッピングでの会話とかもそうなんですけど、「そういうもの」として穿った見方を貫いていると本当に琴線に触れるというか、百合厨にとっては酸素以上に生存に不可欠な「何か」が、ミシミシと供給されていくのを感じます。
素晴らしい。
娘へのプレゼントを買うも、お店のカウンターでうっかり手袋を忘れてしまったキャロル。
(見返してみると、ホントはワザと忘れたんじゃねぇかとも思うんだけれども……)
テレーゼはそれに気がついて彼女の住所まで手袋を送り届けます。
それから後日、「手袋を送ってくれたお礼がしたい」ということでテレーゼはランチに誘わることに。
何というかこの辺りの誘い方が、完全にナンパに慣れてそうな人のそれでした。押しに弱いテレーゼはあえなくこの悪そうなお姉さんとご飯を一緒にすることに。
どうでもいいんですが、食事を待っている間にテレーゼが「香水が素敵ですね」って台詞を言うんですよね。普通だったらただのお世辞なんですけど、この作品の趣旨からして、こういう台詞にこそ妙ないかがわしさが宿っています。堪らなく「よい」です。
ランチだけでは終わりにならず、週末にもキャロルの家に及ばれお呼ばれするテレーゼ。彼氏のリチャードは胡散臭く思いながらも、彼女をキャロルとの待ち合わせ場所まで送ります。そうしてキャロルの運転する如何にも高そうな車でキャロルの家まで向かうことに。
このキャロル、カッコよすぎませんか……
これから数分間、台詞なしでドライブのシーンが続くのですが、それがとても美しい。
雪景色の中、幻想的な音楽をバックにして、キャロルの唇やハンドルを握る手にゆっくりと画面がフォーカスしていきます。美しいキャロルを目で追っているテレーゼをハッキリと映しています。
キャロルの家でピアノを弾きながら、カメラマンという将来の夢を控えめに語るテレーゼ。
顧客の本当に求めている物
そろそろ「店員とお客様」では済まされないような只ならぬ雰囲気が漂ってきたところで、なんとキャロルの旦那ハージが帰ってきます。
ハージはキャロルが本妻幼馴染のアビーとベッタリなのが認められず、キャロルも彼の親戚や仕事の「お付き合い」に突き合わされるのにウンザリしており、離婚の協議中です。
そんなときに、別居中のキャロルをフラっと訪ねてみれば、また女を連れ込んでいる。悲しいことにハージはまだキャロルのことを愛しているのです。二人は口喧嘩を始めてしまいます。
結構キツめの夫婦喧嘩を眼前にして、居心地の悪い思いをするテレーゼ。その後すぐにキャロルに駅まで送ってもらって、電車に乗って一人で帰ります。
その後――ここが、この作品で分からないところなんですが――電車の中で、テレーゼは堪えきれずに泣いてしまいます。
それが何の涙なのかは、正直僕の国語力では理解出来ていません。
・他人の夫婦喧嘩を見て動揺してしまったのか。
・好きな人の家で間男のように扱われたのが悔しかったのか。
・自分のキャロルへの想いを認識して胸が締め付けられるのか。
分からないなりに、非常に印象に残ったシーンでした。
後日、弁護士に呼び出されて、『交友関係を突かれて『道徳的条項』を理由に娘と面会できなくなった』ことを伝えられるキャロル。行き場のなくなった彼女は、クリスマス休暇にテレーゼと旅をすることを思いつきます。
その計画をアビーの前で話す時のキャロルですが、アビーに「彼女はまだ若いのよ。自分が何をやっているか分かっているの?」と軽く静止された時の切り替えしが、以下のセリフです。
カッコよすぎない?
多分このカッコ良さは静止画では伝わってないと思う。是非本編を見て頂きたい。
さて、キャロルの誘いを二つ返事で了解したテレーゼは、キャロルの車に乗って二人で旅に出かけます。
え? その間にも彼氏に引き留められたり旦那が留守宅に訪ねたりしただろって? あいつらはどうでもいいんだよ。
そして旅先の宿。入浴中のキャロルに「セーターをとって」と言われて、キャロルの荷物を漁るテレーゼ。その時に偶然にもタオルに包んで隠し持っていたキャロルの拳銃を見つけてしまいます。
(どうでもいいですけど、このリボルバーも推理小説で出てきそうな代物で、これまたシックでお洒落なんですよね。)
この拳銃、なんで持って来たんでしょうね? 心中するつもりだったのか、それとも旅を邪魔するヤツらに抵抗するつもりだったのか。最初は前者と思って見ていましたが、この直後のセリフで「何かに怯えているの?」とテレーゼが尋ねていることから、多分後者が正解ですかね。
それも問題なのですが、二回目に見直して気が付いたことは……
何嗅いでんねん。
いや、びっくりした。なんの溜めもなくスゲー自然に嗅いでた。あんまりにも自然だから、最初見た時は「あれ?自分の服を見てるんだっけ?」って勘違いしていましたが、二週目に見て気が付いたときは、流石のハムカツも「おぅ」ってなってました。
そうして日が暮れるころにホテルに到着。チェックインする時に「せっかくなら高い部屋にしたら?」というようなことをテレーゼが言っていて、二人の関係が対等に近づいているのを感じます。
その夜、キャロルにお化粧を教えてもらうテレーゼ。
シックで上品なホテルの一室で、二人で同じ匂いの香水を身にまとって、お互いの香水の匂いを嗅ぎ合って――
とブラウザ越しに花園が広がっていました。
次に泊まったホテルで新年を迎えた二人。
テレーゼはいつも一人きりで、キャロルは夫のお付き合いで、孤独に迎えていた年明けでしたが、今年は心を通わせる二人で過ごすことが出来ました。その喜びを伝え合い、キスする二人。そうしてついにベッドへ――
――ここから先のシーンは何も言うことがないのですし、スクショも張りません。実際に見て下さい。凄いです。
その翌朝、なんと前日の情事の音声が録音されていたことが分かります。それをしたのは親権を自分の側に持っていきたい、離婚調停中の旦那のハージ。なんだハージ下種野郎かよ!俺に音源寄越せ!
「道徳的条項」に関する決定的な証拠を押さえられたことで、親権の争いでキャロルは窮地に立たされ、二人は意気消沈してしまいます。
その次の朝、起きてみればキャロルは旅立っていて、正妻アビーが一人でテレーゼを迎えに来ていました。
ふさぎ込むテレーゼにアビーは一通の手紙を渡します。そこには「もう一度会える時まで、お互い連絡は取らずにいましょう」ということがキャロルの文字で記されていました。
というか、あれですね。この辺りのシーンでは、テレーゼがアビーに、キャロルとの馴れ初めを聞くの面白かったです。
特に「5,6年前から関係が出来た」っていうのが、意外と最近で驚きました。若い時からそういう付き合いだった訳じゃなくて、それこそ結婚してから5年後とか、子供が出来るちょっと前くらいにそういう世界に足を踏み入れたんですかね。
もっと言えば、「車が故障したせいで偶然母親の家に泊まって、そこのベッドで二人で寝たせいで――」っていう、同性愛に目覚めたきっかけが妙に生々しくて好きです。
家に戻って彼女の思い出の写真を現像すると、すぐに部屋の壁を青く塗り替えるテレーゼ。
塗り替えを手伝っているボーイフレンドとのやり取りからも、今までとは違い幾分か自信に満ちた様子が伺えます。
これの少し前の、橋の下でテレーゼとリチャードが何かしらやり取りしているシーン、台詞なしなので分からなかったのですが、リチャードから別れを切り出されているらしいですね。
恐らく『タイムズの事務の仕事』をすることにしたテレーゼ。
仕事と写真で頑張っていたある日、キャロルから手紙が届き、また会いたい、と食事に誘われます。
テレーゼは手紙はぞんざいにゴミ箱に捨てつつも、キャロルと会うことに決めます。
そうして冒頭の会食のシーンへ。
只ならぬ二人がそこに居ます。
初めて会った時とは違って、髪も整えて、堂々とした雰囲気をまとったテレーゼ。
キャロルは再開を嬉しく思いつつ、差し出された煙草も秒速で断るなど受け答えも素っ気ないテレーゼに少し面食らいます。
ほどなくキャロルはポツポツと自分の近況を語ります。
娘の親権は旦那の側に行ったこと。
仕事を始めて、一人暮らしをしていること。
そうして
『今自分が借りている家に一緒に住まないか』、とテレーゼを誘います。
しかし、
テレーゼはキッパリとそれを断ります。
「一回来てみれば気が変わるかも……」とキャロルは少し粘りますが、テレーゼのつれない態度に、最後に一言「I love you」とだけ呟いて話を切り上げます。
冒頭のシーン通り、テレーゼの肩を軽く撫でて去ってしまいます。
テレーゼはキャロルを置いてパーティーに行きました。しかし、自分に気のある素振りだったボーイフレンドはみんな相手を見つけています。テレーゼは手持ち無沙汰になってパーティー会場を抜け出し、キャロルに誘われたパーティーの会場へと向かいます。
群衆の中でキャロルを見つけ出し、真っ直ぐにキャロルのいるテーブルへと向かって行くテレーゼ。
遠目に見つめ合い、思わせぶりな視線を交わし合う二人を映して、物語は終わります。
<舞台>
まず舞台設定が素晴らしい。
50年代の時代がかった雰囲気が、ロマンティックな映像を作っています。
しかし、ただの「レトロ趣味」や「ノスタルジー」とは全く違います。
カメラや拳銃など、小道具の少し時代がかった感じが、言うなれば「ロマンスが似合う景色」を作っています。安っぽさとか生活感から離れた、「得も言われぬ高級感」や「優雅さ」がある、と言ってもいいかもしれません。
「同性愛が精神病として扱われていた時代」ということになっていますが、そういった時代背景はあんまり表に出てこないです。(ちょっとだけ『心療内科が云々』といったセリフが出てくるくらい)
いっそ「この美しい二人に見合うような、美しい舞台と時代を選んだ」と言われた方が納得できるくらいです。
後、出てくる女の人がみんなタバコ吸ってます。めっちゃタバコ吸ってる。でもそれが凄くクールでイイんですよね。まぁこれは、自分がタバコ女子を好きなだけ、っていうのもあるのかもしれないんですけど。
<感想>
ただただ美しかったです。
この映画は「性的少数派の生きにくさを描いた――」というような趣旨の映画ではありません。実際、劇中では同性愛者であることそのものについての苛烈な偏見や攻撃は殆どなく、「50年代である」という設定すら忘れていました。
言うなれば、
「美しいものを美しく描ききり、その圧倒的な質量でぶん殴る映画」でした。
ひたすらに心の向かうまま、ラディカルに突き進んでいった二人のお話です。
彼氏やら旦那やら「世間一般の人々」が所々で出てくるけれど、そいつらもただの悪役という書かれ方がされていないのも好印象でした。
少数派、あるいはキャロルのような自由を求める人間にとって、「善良な人々」こそが不俱戴天の仇ですから。
彼らやブラウザ越しの自分には恐らく辿り着けないような、理屈抜きの真っ直ぐな愛の世界。
しかし、百合ものに付きまとう、『百合を見ている男は何処にいるのか問題』。人の言葉を借りれば『「我思う故に百合あり しかし我必要なし」問題』に似た根源的な論理の地平線を垣間見てしまいました。
そうなんだよなぁ。
これから映画のような劇的な恋愛が俺の身に起こったとしても。。。
キャロルのように美しくなれないんだよなぁ。
だって男だもんなぁ。
だがしかし、せめて美しいものを美しいと分かる心があったことを幸せに思います。
忘れられない素晴らしい映画でした。
原作の小説も読んでみます。
それでは・











