プロには書けない小説



 ジェット氏は常々考えていた。
我々が生活しているこの世界には嘘が蔓延している。
ジェット氏自身も、現在の地位を獲得するために多くの嘘をついてきた。
だからジェット氏は老後の気まぐれに一冊の小説本を出す決意をした。


 財政界の大物が本を出版するにあたり、担当の者があてがわれた。
その者が思いつきで一つ質問をする。
「なぜ本を書こうとお思いになられたのですか?」
ジェット氏は待ってましたとばかりに口を開く。
「私はこの八十年余りの歳月をかけて、人並み以上に本を読んできたつもりだ。
だが本に書かれていることというのは得てして画一的なものになってしまっている。
特に漫画小説の類いは時代ごとに世相を反映したものになってはいるが嘘だらけだ。
愛が大事だとか命の尊さだとか、そんな寝言で涙を誘うような作品では駄目なのだ。
私は後世の物書き達のために筆を取り、文芸界に一石を投じてみようと思う。
タイトルも既に決めてある。『プロには書けない小説』だ」
担当の者が鼻息荒げて捲くし立てる。
「なるほど。
数字ばかりを求めて偽善的な文章を書くプロの連中では思いもつかないような小説を書かれるわけですね!」
ジェット氏も唾を飛ばしながら捲くし立てる。
「いかにも。
特に未来を担う若者達にはもっとすぷらったでばいおれんすでせんせーしょなるなものを読ませる必要がある。
声に出せないだけで、そういう本を読みたい読者はたくさんおるはずなのだ」


 ジェット氏と担当者は意気投合した。
ジェット氏は金儲けが目的ではない。
しかし大物のエキセントリックな小説本は十分話題になる。
百万部も夢ではないかもしれない。
そうすれば担当を努めた者に入ってくるお金も相当なものになるだろう。
最近の小説家は毒の無いご都合主義な文章しか書けない。
生活が掛かっているから担当自身もそう指示するしかなかった。
しかし老い先短いジェット氏だからこそ書ける文章がある。
もはや金の問題ではない。
財政界の表も裏も見てきたであろうこの男の書く物語を読んでみたい!


「できたぞい!」
…随分早く完成したものだ。
担当者はジェット氏から原稿用紙を受け取り目を丸くした。
こんな衝撃的な内容の本を、果たして出版してもいいのだろうか。



『プロには書けない小説』
著 ジェット・R


こんにちは。


さようなら。



 これは出版するわけにはいかない。
こんな短い文字数では、本にして売ることもできないじゃないか。