本当はまだ掲載するつもりはなかったのですが、
ホラー関連の記事をトップに置いたままでおくのは、私のブログの性質上好ましくないと判断し、
急遽、完成済みのオリジナル小説を掲載することにしました。



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1.春野志保


 むせ返るような空気の夏の日。
強い日差しが降り注ぎ、じりじりと肌を焼く。
木陰では一匹の蝉が、負けじとミンミン鳴いている。
あの日は風が吹いたり止んだりの一日でした。


 白いワンピースに薄地の上着を纏い、大きめの麦わら帽子を被って家を飛び出しました。
青いサンダルを履いて、急ぎ足で地面を蹴ります。
しわが刻まれ始めた額に、浮き出てくる汗を腕でぬぐいながら私は、
「あかね、あかね」と呼び続けました。


 コンクリート舗装がされていない路を走ってきた私の体には、
足はもちろんのこと、汗をぬぐった右腕や額にも細かい砂利が付着していました。
少し走っては、両手で膝を掴み前屈みになって息を整え、
「あかね、あかね」と声を出しては、また少し走っての繰り返し。


 昼前から止んでいた風が吹き始めました。
ワンピースの裾が風に揺られ、
乱れた黒髪がふわりと流され、汗まみれの顔に貼り付きます。
そのとき、鼻を刺激する嫌な臭いが一緒に風に乗ってやってきました。
嫌な予感がした私は、その臭いを辿ってみることにしたのです。


 いた。
廃工場の片隅で、何かが音を立てて燃えている。
その塊の前には黒いスカートの少女が呆然と立っています。


「あかね! 茜!」
 私は一段と大きな声を出しました。
その声に反応し、体を一度震わせた後に女の子がゆっくりと振り向きました。
間違いありません。
探していた、娘の茜です。
娘も私に気づいた様子で、その途端に糸が切れたように地面に倒れ込みました。
慌てて駆け寄り、小さな体を支えながら私はゆっくりと呟いていました。
「茜、まさかあなたも…」




 私はぐったりしている娘の体を抱きしめながら言いました。
「大丈夫よ、心配しないで」
「茜はお母さんが守ってあげるからね。茜は何も心配しなくていいのよ」


 それは気を失っていた娘に対してだったのか、
それとも、私自身に言い聞かせるための言葉だったのか。
とにかくこの時は、
娘の体を強く抱きながら、同じ言葉をうわごとの様に繰り返していました。


 地面に落とした大きめの麦わら帽子が、
視界の外れで風に煽られて、ゆらゆら揺れていました。
いつの間にか日差しは雲に隠れ、蝉の鳴き声も聞こえなくなっていました。