串本から潮岬へ渡り、展望台の駐車場にとめると全員で一旦展望台に入った。展望台は高台になっていたが、本当の本州の端はもう少し先になるようだった。
「行ってくる!」
幸太郎が寧子に断って出て行こうとする。
「私もいく!」
美紗緒がはしゃいで一緒になって出て行く。残る3人が見守っていると、窓から建物から駆け出す二人が見えた。それでも美紗緒は日傘をさしているので幸太郎に待ってと声をかけているようだ。幸太郎が振り向いて足を緩め、一緒に芝生の斜面を降りていく。2人の身長は同じぐらいで、幸太郎の体格がまだしっかりとはしていないので細身の美紗緒とは体つきも似ている。
「なんか、いい感じですねえ。本当に姉弟みたいだ」
「これからどうなるんでしょうね。私たち、上手くやっていけるかな」
「2人とも苦労を知っている子ですからね。普通の家族を知らなかった分、距離感が上手くつかめればいいですね」
「聡さんも、寧子さんと同居しますか?」
「いや、さすがにそれは申し訳ない」
「でもオフィスも家も同じビルにできるんだし」
「はは、その辺、もし良かったら帰りにでも美紗緒さん交えて相談したらどうです?」
眺めているうちに美紗緒と幸太郎はより岬の先端に近い東屋に着いたようだ。ずっと下りていって石碑を回り込んだのか、見えなくなった。
「僕らも行きますか?」
「そうだなあ」
3人はそろって立ち上がった。外は雲がいくつもすごい勢いで流れていくのが見えるが見事な晴天だった。風が強いせいで波の音が一層激しい。
「なんか勢いがあるなあ」
聡は運転用のサングラスをしたままだった。健悟と寧子は帽子をかぶっているが、つば広の帽子をかぶった寧子は片手を挙げて帽子を抑えている。
「完全な晴天よりもこっちのほうが僕は好きかもしれません。風雲急を告げるって感じですかね」
「それ何か不穏な感じの状況の言葉よ?」
寧子が笑って健悟の言葉を受けた。
道を横断し、東屋に向かう。幸太郎と美紗緒が見えた。美紗緒は日傘をさすのをあきらめたようだ。
「おーい」
健悟が声をかける。海を背景に、二人が笑って振り返った。幸太郎が年齢相応に見える。つい昨日、同じ時刻に会ったときの硬い表情で見上げてきた姿を思い出して、聡は自分も変わっただろうかと考える。美紗緒は今日は黒地に細かな花柄の入ったワンピースだ。膝丈だがやや高い位置に切り替えがあり、さらさらとしたポリエステル素材で作り出されるラインがきれいだった。でも、と寧子は思う。
「なんか、昨日より地味な色なのに、今日のほうが華やかに見えるのよねえ」
健悟がそれを聴いて、ふふ、と小さく笑う。
「朝はどうでした?」
寧子は思い出してみる。
「そういえば、今のほうが明るく見えるわ」
「いいことです、女性が明るく見えるのは」
聡が受ける。3人は2人が寄りかかっている一番先の柵に着いた。
「なんかここ、気持ちいですね、開放感っていうか、テンション上がります」
幸太郎が笑顔で話す。美紗緒は振り返ってもうひとつの突端にある灯台を見ている。足元はしばらく岩だらけの岸が続き、そこに激しく打ち付けて砕ける波が白かった。
「すごいなあ、この先ずっと太平洋なんですね。さっきから船が行き来しているんですけど、あのずっと向こうってどうなってるんだろうって思います」
琵琶湖だとあんな大きな船はいないし対岸も滋賀県ですからねえ、と続ける。いいところなのにいつも見ているとありがたみを感じなくなっちゃうのね、と寧子が笑う。それから2人で船が通るたび、あの船は何の船だろうと話し合っていた。美紗緒と聡がそれを笑って眺めている。
海は光を反射して黄味がかって見えた。日本海とはなんとなく違うなあと美紗緒は思った。ふと横を見ると聡は目を細めて空をあおいでいる。美紗緒が見ていることに気づくと笑いかけてきてそのまま海を見た。
その4人を、東屋の柱に寄りかかって、健悟が見ていた。さびしそうな、でも幸福そうな笑顔だった。
20分ほど眺めていて、では帰りますか、と聡が切り出した。ほかの3人もなかなか切り出せないでいたので素直に従った。健悟が柱から身を起こし、聡と並んで歩き出す。途中でふと石碑を見るように立ち止まった。寧子と幸太郎が健悟を追い抜いていく。美紗緒が健悟を待つように足を緩めると、健悟は再び歩き出した。
「あの向こうにね」
健悟は少し振り返るように海を見て、美紗緒と目を合わせずに話し出した。
「フダラクジョウドがあるんだって」
「え?」
「仏様のいる国だよ」
「なんですかそれ」
「よくわからない。でも、そこに行くためにいいことをするっていうのもありかな」
自己満足なのかなあ。低くつぶやくと、健悟はそこで美紗緒を見て笑った。
「ううん。…ごめんね」
美紗緒は、なんだろうと思った。なんとなく、唐突によくわからない話をしたことについてではない気がするが、何で謝られたのだろう。健悟が理屈の通らないことやわけのわからない独り言を言うのは初めてだったから、気になった。健悟は、美紗緒の伺うような目線に苦笑して明るく言った。
「気にしないで、僕のことだから」
それから、先に丘の上に登っていく3人を見て歩き出した。
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