「私、17から付き合ってた男がいたんです」
「うんうん」
「20で金沢市内の短大出て、浮気なんかできないようにって、その男の言うなりに、若い人なんてぜんぜんいない、地元の古い個人商店が法人成りした会社に就職して」
「すごいね」
「なのに私24になったのに何も結婚のこと言い出さないから、『どうして結婚しないの?』って聞いたんです」
「聞いていいと思う」
「そしたら?」
「お前は養女だから結婚できないんだぞって」
「は?」
「相手、私の義父だったんです」
「え!?」
「母が私が小6のときに離婚して義父と再婚して、一緒に住みだしたんですが、中2のときに母がなくなって。で、義父と一緒に住んでいたんですけれど、ほかに頼れる人もないし、こう、しっかりした大人だと思い込んでいて、好きになって、そしたら高2のときに義父も私を恋人扱いするようになって…。高校卒業してから事情を知っている人がいないところに引っ越して、生活なんかはもう夫婦同然でしたし、近所の人も、私のこと奥さんだと思ってたんです」
「…そしたら養子縁組してたんだ」
「はい。私、養子縁組してても離縁さえすれば結婚できると思ってましたし、そもそもそんなこと忘れていたんです」
「お義父さん、確信犯…?」
「そうだったみたいです。それで、結婚できないって言われて、でも半信半疑で法律相談に行ったら、本当だって言われて。それで、法律相談に行ったって話したら、義父は『俺のことを話したのか』って。『おまえ、俺が犯罪者になってもいいんだな!?』だそうです」
「…えーと、なんで?」
「…未成年に対する淫行だからじゃないでしょうか」
「…そうだね」
「それがきっかけでいろいろ義父の身勝手なところとか見えてしまって…。おまけに、もめていたら近所に私と義父が義理の親子だってばれて、こう、針のむしろになってしまって。職場も父の知り合いの会社で50、60の人ばかりだったので、ものすごく冷遇されて、家に帰れば義父がろくに仕事もしないでお前のせいで世間体が悪いって荒れてて」
「え、暴力とかじゃないよね」
「それはないです。ずるくて、私に暴力ふるって警察にでも通報されたら自分が不利だってよくわかってるんです。それに私がいないと何もできないんですよ。私、中学生の頃から父の仕事の経理事務やってましたから」
「お義父さんお仕事自営業なの?いくつ?私くらいかしら」
「不動産屋なんです。46歳、私より22歳年上です」
「…確かに犯罪的だ」
「まあそれで、切れまして、死んでやろうと」
「…それは死にたくなるかもねえ」
本当は、母が死んだ直後からキスをしたり一緒に寝たりということはあった。最初は怖くていやで、でも逆らうと殴られたり追い出すと脅されたりして、そのうちだんだん麻痺していった。相談員は、私の相談を聞いて、それは児童虐待だと即断した。ほかの人間のいない状況で自分だけしか頼ることができないという強迫観念を植え付け、それを恋愛感情と錯覚させて性的関係を結んだのだと。とっさに反発した。でもどうだったのだろうか。本当かもしれない。もしそうなら、私の9年間は何だったのだ?私が死にたくなった一番の理由はそれだった。
「私、世界が狭いんです。義父が私を逃がさないために縛り付けてるとは思ってたんですが、そうじゃなくて単に私がいないと自分が何もできないから近くにいさせただけなんですよね。だから私、ほかにどこにも行ったことないし、何もできないんです」
「あー…そういう男に限って外ではいい人に見られたいんだよねえ…」
「寧子さん、厳しいですね」
「まあ…私のだんなもそういう男だったから」
「だんなさん?ご結婚されていたのですか?」
「うん。去年の11月に自殺した」
「え!?…えっと、単刀直入に聞きますね、後追い自殺なのですか?」
「健悟君、身もふたもないわねえ…違うわよ。借金苦だな」
「だんな様の作った借金ですか?それなら、最悪相続放棄すれば…」
「あー、それがねえ、私が知らない間に作ってて、突然自殺されて訳わかんないけれど商売のことがあったから急いで相続手続したのね。そしたら、自殺されてから3・4ヶ月位してから、突然借金を返せっていわれたのよ」
「…あー、単純相続したことになりますね」
「何ですそれ?」
「相続って、借金ばっかりの人だと相続放棄ができるよね」
「ええ」
「で、法定相続って言って、相続手続とかしちゃうと、もう相続放棄はしませんっていうことになって、放棄できなくなるんだ」
「後で借金がわかっても?」
「そう」
「だんなとしては、自殺して保険金が入ってくればって思ってたらしいんだけど、どこまでも抜けていてね、生命保険掛け代えて1年経ってなかったの。自殺じゃ保険金下りないっていうの」
「あー…」
「で、相続のときの弁護士に破産のことを相談してみたら、私、もう破産したことがあるって言ったら普通2回破産はできないんだって」
「え、いつです?」
「10…12年前かな。バブル崩壊してからちょっと粘っちゃったしね」
「事業の?」
「うん。会社は事業再生で立ち直ったんだ、持ちビル5件あったうち3件は売却して、事業規模縮小して売買仲介やめて賃貸仲介だけにして。だんなは宅建持ってなかったから私が社長になってて、会社に事業資金出してて、保証人も私になってたし…」
「今会社は?」
「とんとんよりはいいかな。従業員パート二人にしてだんなと二人でやってたから、最近のメインの問題は人手っていうくらいには。…そしたら、ちょっと業績が上向いたら、だんな、人にいい顔しちゃって事務機器とかリースじゃなくて新古品っていうの?買っちゃうんだもん。物はあっても現金がない。それでこれでしょう?もう切れた。まあ、だんなの兄も場所ちょっと離れているけど不動産屋やってるから、管理物件とか引継ぎは最悪何とかしてくれるだろから、いいの」
「…なんか、大変ですね」
「そうねえ」
正直、今度のだんなの、正弘の自殺がなければ、仮に今回の借金をしていても、私は何とかちゃんと生きていっていただろう。前の破産のあと、衿子が自殺しても、私は生きていた。正弘がいたからだ。そう考えると、正弘は私を支えていたということなのだろう。そういえば。
「美紗緒さん、私の娘と同い年だわ」
「え?」
「娘さんですか?じゃあ、将来お孫さんとかもできるかもしれないし、今度は娘さんが借金背負うことになっちゃうんでは?」
「なんない。自殺しちゃったの。前の破産のあと、私立の中学校やめざるを得なかったんだけど、公立に適応できなくて、ぐれて2年後に中三で自殺。私も自殺して一家三人別々に自殺になるわねえ」
しょうもないなあ、と寧子がつぶやいた。
「中三ですか…」
「あ、幸太郎君中三か」
「ええ」
「うちの娘が中学生だった頃とぜんぜん雰囲気違うわ」
「なんか、今日の5人、全員まじめっぽかった感じですよね」
「そういえばそうだなあ」
「僕まじめでしたよー、体育会系でしたし」
「あ、俺もテニス部だった。幸太郎君、部活とかやってる?」
「あー…、僕、部活、できないんです」
「なんで?」