(3)
事前に定のデータは一通り持っていた。それに基づいて崇と定の訓練プランも6週分用意していた。
「光、多くの場合は似たタイプの人間を引き合わせる。でも時折まったく逆のタイプの人間を引き合わせることがある。特にマッチョを信仰してきた人間には、僕や光みたいな優しげな人間を引き合わせる」
打ち合わせのはじめに、崇は私に今回の短期師弟関係の意義を話してくれた。
「やさしげなの?私はそうだけど崇も?」
「そう、崇も。で、彼の出鼻をくじく。または、常識を忘れさせる。油断をしないように、仕事に必要なのは力だけでないとわからせるために」
「ふうん」
「それでね、今度来る定のことを話しておこう。彼はね、警官時代に捕まえた窃盗犯を誤って殺してしまったんだ」
「え、どうやって?」
「その泥棒はずっと空き巣でやってきたおじさんだったんだけれど、あるとき見つかって逃げるために入った家の人を刺してしまった。勉強したよね、事後強盗致傷罪だ。定はそのおじさんをずっと追いかけていたんだけれど、あるときまた忍び込もうとしていたおじさんを見つけて大声で『泥棒!警察だ!』と叫んだ。するとおじさんはびっくりして忍び込もうとしていた家から飛び出して逃げ出した。定は自転車で追いかけて追いついて、自転車の勢いそのままにおじさんに飛びついた。自転車ごと体当たりを食らったおじさんは道に激突した。定はそのままおじさんを押さえつけて、逮捕しようとした。おじさんは一生懸命逃げようとしてばたばたしていたんだけれど、突然静かになってしまった。定がびっくりしてみると、おじさんは死んでいた。心臓発作だったんだ」
「そんなの偶然だよね。仕方ないんじゃないかな。それも殺したっていうの?」
「一応。で、定は仕事でやったことだし、心臓が悪かったなんておじさんもおじさんの家族も、定も知らなかったんだからどうしようもないっていうことで罪にはならなかった。僕らが逃げて結局裁判なんかにかけられないのは罪になるけどばれていないだけなんだから、それは全然違うことだ。でも、警察の人たちは定を責めた。だって警察は定がおじさんを死なせたせいで世間から新聞からテレビから、もうみんなから責められたから。そして定は警察をやめることになった。いじめで学校を辞めちゃう人がいるのと同じだよ。大人のいじめだね」
「そんなの変だよねえ。なにもやめなくてもいいのに」
「うーん、でも、やめたくなるんだよ。光は学校行ってなかったからそういうのはなかったかもしれないけれど、僕が学校に行っていたときにはほかの子がやられていて、すごくいやだったな。僕は特に問題を起こさなかったからいいけれど、なにか失敗したり、先生に怒られたりしたのをきっかけにしていじめがあることって結構あったんだ。僕はまだ組織に入る前だったけれど、やっぱり目立つのはいやだったから、それと同じだよ」
「ふうん…でも、それにしてはそれにしてもだけど、なにも組織に入ってくることなかったのに」
「ああ、そうだよねえ。でも、なんか九次が道で声をかけて連れてきたんだって」
「え、そうなの?じゃあ九次がやればいいじゃない」
「うん、だから、元の話に戻るんだけれど、九次だと同じタイプだからさ、格闘技の練習はもういいから、暗殺者になれるというか、違うタイプに慣れさせたいんだって。それに九次のところ、今雪ちゃんがいるからね。お互いお年頃だから、難しいだろう?」
「私だってお年頃だもん。いいの?」
「…雪ちゃんじゃあ兄弟弟子になるけど光だったら師匠になるんだからいいの。光のほうがずっと年下だしね。それに基礎ができているから訓練も短い時間ですむだろう?だから僕もサポートに入る時間が取れる。光が一人でするつもりでいなくてはいけないけどね、はじめてのことだし」
「本当?じゃあ、しばらくは崇と2人で一緒にやるの?」
「うん。ただ、3人で、だよ」