(8)
「でも私は、私が捕まったら、私のことなんて死刑にしてほしい。許さないでほしい」
彼はほとんど間を置かずに反応した。
「許さないのはだれ?」
「え?」
「許さないというなら、主体がいるはずだよ。それはだれ?人間は、だれも許す許さないという判断をできる立場にいないのじゃないかな」
「え?」
「もっと言えば、死ねば許してもらえるの?違うでしょう?」
死ぬことは、償いにならないの?それで許しを乞うてはいけないの?
「どうしてそんなこというの?死んだら終わりじゃないの?人を殺したんだもん、私が人に殺されるのは当たり前でしょう?殺してもらっちゃいけないの!?」
突然、目の前が真っ暗になった。比喩でなく、視界がなくなったのだ。そして、ここまで彼にいろいろ話してしまったことが恐ろしくなった。これまでにない恐怖だった。彼は私の素性など知らない。でも彼は、私の知らなかった私を引き出して、崇も雪も知らない私の中身を知ったのだ。
酔いではない。一気に、破壊衝動が私を襲った。
私は彼を殺すべきだろうか?名前も知らない彼を?
もしこのとき、私が彼を殺していれば、組織からの指示を得ずに自分で判断したはじめての殺人になっていたはずだった。誰かに素性がばれそうになったら殺すようにとは言われていたが、この場合はそんなはなしはしていないから、それすらも外れている(そのときは、そこまで考えが及ばなかったが)。
いや、そんなレベルの問題ではなかったと思う。彼を殺さなくては、と思ったのだ。ただひたすら、自分を守るために。自分の中の、自分を否定する、彼が知った部分を壊すために。
「どうしたの?」
私が、突然叫んで突然黙ったので、彼が驚いたように問いかけた。私にとってはその声は、どこか世界の裏か、この世の果てか、もしかしたら異次元から聞こえてきているかのように非現実的だった。
一瞬遅れて目が像を結ぶ。いや、視覚が捉えているものの意味を理解することを再開する。
彼が私を見ている。私が彼を見ている。
だめだ。何も話してはいけない。
私は急いで財布を取り出して一番大きい札を机に置くと、上着を着、荷物を持って席を蹴って店から走り出た。
「え、待って!」
後ろで声がする。引き戸を閉める。ドアのガラスが割れないようにと思うことが精一杯だった。全速力で走り出す。ホテルに荷物も取りによらずにそのまま来たバスに乗って駅へ向かい、電車に駆け込む。この間、多分たくさんの人が私が走り抜けるのを見ていたと思う。誰にもぶつかりはしなかったけれど、たくさんの人の視線を感じた。こんなに目立つ行為をしたのははじめてだ。でも、そんなことを考えている自分の頭がどこかで私の体と切り離されているようだった。止まらなかった。
新幹線の乗り継ぎ駅に着くと、私はそのまま崇の待つ街へ帰った。組織の支持よりも3日早かった。新幹線が駅を出るとき、私はまだ頭の中が真っ白になっていて、そのもう一枚下のページで本当に頭が真っ白になるんだなと考えていた。