(3)
私は3日間の予定で図書館に通っていて、彼に会ったのは、最終日だった。
「君、昨日もいたよね」
私は、図書館で人に話しかけるというのは、図書館で内緒話をするよりもずっと無作法だと思っていたので、一瞬むっとした。そして、彼に声をかけられるまで周囲に注意を払っていなかったことを後悔した。プロとして失格であるし、こんな風に話しかけることができるような雰囲気が私にあったことがいやだった。普段ならしないような油断だった。もしかしたら、周りを見下していたのかもしれない。
「法学部?」
私が黙っているのを拒絶だと考えなかったようで、その男は話しかけ続けた。私は、学生に成りすますには知識が甘いが多分新年度の時期だったので新入生といえば大丈夫だろうかと考えた。でも、そのときはなぜか、ごまかさずに本当のことを言った。
「いえ、学生じゃないです」
「そうなの?法律の本読んでるよね。僕法学部なんだ。わからないことあったら一緒に考えるよ?」
そういうと男は低いパテーションのある机の向かい側に座った。そして鞄の中から六法とノート、法律の問題集と本を出した。そして、そのまま図書館が6時に閉館するまで勉強していた。
6時、図書館がしまる時間に私は外に出た。大学生は結構勉強熱心なのか、なかなかたくさんの学生が出てきていた。本当なら崇も、私の面倒を見に早く帰ったりしないで、これくらいまで大学にいたかったんじゃないかな、と思った。そして、いかん、こんなことだから雪やみんなにブラコンといわれるのだ、と思い返した。
そのとき声をかけられた。
「あ、君もまだいたんだね」
振り向くと、さっきの法学部の男子学生がいた。
「帰るの?地下鉄?」
私は無視してもよかったが、ここでもなぜか本当のことを答えた。多分、ブラコンといわれていることについて考えていたから、私にもほかの男の人と話ぐらいできるということを自分に証明したかったのだろう。
「はい」
「そう、じゃあ一緒に行っていい?」
断る理由が見つからなくて(理由などいらないということを知らなかったのだ)私は、地下鉄の駅へ続く緩やかな下り坂をその学生と歩いた。話した内容はもうあまり覚えていないけれど、そのとき読んでいた本や、聴いていた音楽のことだったと思う。私の読書や音楽の傾向は崇の影響が大きかったのだが、その学生と結構重なっていたので、話が進んだ。こんなに長く組織の人間以外と離したのは久しぶりだった。話をしながら頭の使っていないあたりでそんなことをぼんやりと考えていた。
駅前に着いたとき、彼が夕飯に誘った。
「よかったらご飯食べない?定食なんだけど、結構おいしいところがあるんだ。おごるよ?」
私は、崇以外の男の人にはおごらせない主義だった。家に呼ばれる以外は雪と一緒だったとしても九次にすらない。当然断った。
「いいえ、おごってもらわなくていいです」
言った後、いかないといえばよかったことに気づいた。
「そう、いいの?じゃあ行こうか」
そして私たちは駅から少し裏通りに入った居酒屋のようなところに行った。
「ここ、お酒飲むところではないですか?」
私は未成年だったし、お酒は体を悪くするから飲んではいけないといわれていた。崇だって仕事で必要だから訓練していつでも飲めるようにしているけれど、自分のために飲むことはなかった。
「うん、だけどいいんだ、お酒飲まなくても」
そういうと彼は引き戸を開けた。