(7)

 翌日は、観を見ないなと思っていたら、夕飯のときに顔に物凄い擦り傷を作って現れた。どうやら根性悪の大人の誰かが観をわざと引きずったようだった。なぜかというと、普通に殴られて飛んで顔を擦った擦り傷は上から下につく。でも観の傷は逆だった。

 私が食べ終わって観に声をかけて行こうとしたとき、一人の男が先に観に声をかけた。

 その瞬間、観はまだ箸をつけていなかった夕飯をトレーごとそいつにぶつけ、トレーを追いかけるようにそいつを殴りつけた。

 そいつもその訓練施設にいたくらいだからすぐ反応して、夕飯はばっちり浴びたが観のあごへの拳は一応避けた。ただ、わずかにかすったようで、一瞬ぐらつく。そこへ観が頭、特にあごと側頭部ばかりを狙ってラッシュをかける。

 相手がいらだって観が投げたトレーで観を殴りつける。擦り傷に当たってまた血が出たのを見て、私がその男に飛び蹴りをかけた。

 相手は私の参入は予想していなかったらしく一撃で落ちた。しかし、私が介入したことで、面白がっていた相手の連れの男が「おいおい」と言いながら介入してきた。

 私はどう考えてもかなわないと思ったので観の手を引いて食堂を出ようと思ったのだが、観は手を振り払った。やばいって、と思ったので私は観にもう一度手を伸ばしたらそのまま引っ張られて前につんのめり、たたらを踏んで連れの男に右手で突きかかってしまった。相手の男が私を受け止めるような形になったので、私は思わずその男のみぞおちを思いっきり殴ってしまった。相手の男は完全に油断していたようで一発で落ちた。

 「ごっごめん!」

 手を伸ばしかけた私を、周りで見ていた男の一人が、止めを刺そうとしてえると勘違いしたのか、羽交い絞めにしようとする。観がその男にショルダーでぶつかる。男は細身のほうだったし油断していたのでそのまま吹っ飛ぶ。

 「観、やめろよ!」

 「はっはっは!」

 観は、笑っていた。楽しそうといっていいように全開で笑っているのだが、明らかに目がおかしい。こういうのを暴力に酔っているというのかもしれない。

 私は、もうしょうがないと思って、またさらに止めようとつかみかかってきた大人たちをどんどん殴っていった。それは相手もプロかセミプロだから、基本的には私などガンガン殴られててあっという間に取り押さえられた。その上肩関節を決められた挙句、相手があせっていたようではずされた。すごくいい音がした。腱が切れた音はしていなかったのでまあいいかと思いながら、私も思わず大笑いしていた。観も似たようなものでぼこぼこに殴られた挙句両手を後ろにねじり上げられて、上に二人ひざで乗っていた。

 「はいそこまでー」

 そのときになってようやく教官が割り込んできた。明らかに棒読みで、心配していない声だった。教官は私と観を立たせると無造作に私の肩を入れた。外れたときより入れたときのほうが痛かった。

 「はいはい」

 教官は、私に痛み止めを飲ませ、肩を湿布を張った上でテーピングでぐるぐるに固定し、さらに冷却剤をのせて包帯を巻いた。

 「まったくもう…二人で掃除しなさいよ」

 これくらいのことは珍しくないのかもしれない。まあ、明らかに私と観が悪かったのでおとなしく掃除をしようと思った。観は、まだ夕飯を食べてないので食べてからでもいいかといって教官にはたかれていた。当たり前である。私は食べ終わっていてよかった。

 私が掃除用具をとりに行きかけたら、私が殴り倒した大人がついてきた。

 「あ、すみませんでした。大丈夫でしたか?」

 と聞くと、彼はにやっと笑い

 「いやあ、うわさには聞いていたがすごいな。次は油断しないから明日やろうぜ」

 私は喜んで受けた。食堂に帰ると観も似たようなもので、まだ食べていなかった大人から夕飯を回してもらっていた。食事抜きの罰が台無しである。

 そうして結局みんなで掃除した。最初のトレーの分がかなり散っていたので時間がかかったが、元自衛官がその中にいて、掃除をしっかりしつけられていたおかげで教官の承認を受けられた。

 ちなみに翌日私はその大人と10本やって8本負け、2本相打ちでしかも負けたうちの4本は落とされた。後で聴いたらその男は何でも高校生の頃ボクシングの県大会で優勝したことがあったらしい。それは小柄でも強いよなあ、ずるい最初に言ってくださいよ、と言うとその大人はすごくうれしそうだった。まあいいのだ、不意打ちでも一度は倒せたんだし。

 ふと、あの警官と比べた。ここにいる人たちは私をプロだと認めてくれているから私に殴られたことを恥としないでくれたのだろう。ちょっとだけ親しみを持った。