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その一週間後、私は今度は男子の格好をして街を歩いていた。本屋に行こうと思っていたのだ。私は、生活費とは別にもらえる報酬は崇が基本的に全額貯金し(暗殺者が郵便貯金!)、月に1万円小遣いをもらっていた。それで本を買ってもいいし、美術館や映画に行ってもいいし、コンサートや舞台に行ってもいいといわれていた。ただ、高いところは、かなり崇にねだって連れて行ってもらっていた。ひどい弟子である。10年以上前のことで、携帯は持ってないし、外食は禁止だったから、11歳の私には1万円というのは結構な使い出があったのだ。
その日は大体5万円を持っていた。そんなに大きなお金を持っているというのははじめてのことだった。1年かけてためてスタートレックのビデオを一気買いしようと思ったのだ。崇があんまりほめるのでみてみたかったからだった。
私は、大きめの本屋に行きたい場合などには繁華街を歩いていた。そのせいかもしれないし、ぱっと見た目はちびでがりで内気な子どもに見えるようだったからかもしれないが、私は時々カツアゲにあった。基本的には男子の格好のときのほうがよく遭ったから、そういう男子をいらいらさせる雰囲気を持っているのかもしれない。
で、その日もカツアゲにあった。私が金を持っていることを見事にみぬいたのかもしれない。なかなかすばらしいことである。ただ、私が男子としたら弱そうに見えるけれど、場数や訓練が違うことを見抜けないあたりが残念である。
冗談はさておき、その日は実はちょっと困った。人数が多かったのだ。目撃者兼被害者が多すぎるのはよくない。もちろんこの先関係を持つ可能性がありそうな本職の人のほうが問題はもっと大きいのであるが、そうでないとはいえ、対応するのが面倒くさいというのも問題だ。
私は、普段ならとりあえず全員を叩きのめして二度としないように説教することにしている。またされるのが面倒だからだ。そして人数がいるときは、一部を相手にしている間に残りが逃げないように注意しなくてはいけないのが面倒くさい。その日は、きた中に女子が一人いたので、その女子を抑えたら男どもは逃げられないだろうと、女子をいつも目に入れていた。それで4人まではいけたのだが、最後の一人が根性なしで、女子の前で逃げ出した。
「あ、おい!」
図らずも私とその女子の声がはもった。
そのとき、すっと壁から人影が浮き上がった。私はびっくりした。そのときまで人がいるなんて気づいていなかったからだ。私も一応深夜に明かりがなくても人の気配で組み手をできる程度にはなっていたころだったので、いくら昼間の繁華街の雑踏の音が聞こえているところでも、こんな風に気づかないなんて思わなかったのだ。
走っていった男子はその勢いのまま人影に殴り倒された。とんだ方向が横だったので壁に肩をぶつける程度で頭は打ってなかったから、私はその人影が手加減を知っていると悟ってちょっと驚いた。そして、その人影が先日の女性であると気づいてさらに驚いた。
「油断よ。ね、お嬢さん、こんな男もいるのよ?」
「はい、油断でした」
前半は私に対して、後半は私ではなく女子に対してだった。女子は、どうもその集団では女王様だったようだが、自分では荒事はしないらしく私と彼女に驚いていた。そして、その声を聞いてはじめて私が女性であることに気づいたようだった。私は、自分が女性であると気づかれるのも、それで態度が変わられるというのも嫌いだった(今も嫌いだ)。だからそのときも、女子の驚きがいやで、そのまま彼女に近づき女子から離れた。
「ありがとうございました」
「いえいえ。気にしないで」
私は、どうしたらいいかな、と思ったけれど、どうしようもないしさっさと離れたほうがいいと思ったので、一礼してそのままその場を立ち去った。
彼女は私に気づいていなかったと思った。
少し歩き出して振り返ると、彼女はまだそこにいて、私に手を振った。私は会釈して本屋に向かった。彼女は私に声を出さずに「またね」と言った。
「またね」?