2019年11月転院しました。

このブログの最初の方の記事と重なるところが出てくると思います鉛筆

 

初日は、院長先生との面談でした。

体外7回不成功をお伝えすると、

「うーん。これは何とかしたいね。

前の病院は中刺激までなんだよね・・・。

注射ガンガン打ったりしてないでしょ?

うちは高刺激もやっているから、それでいこうか。

それと、筋腫を取ることも考えた方が良いかもしれない」

と言われました。

 

中刺激、高刺激??

地元の婦人科に紹介されるがままに不妊治療院を訪れていたので、

病院の治療方針が色々とある事を始めて知りました。

会社の近くで便利とかそういう事じゃなく、

もっと自分で調査をするんだったと思いました。

 

しかし、高刺激じゃなかったから、今まで着床しなかったのかな。と、淡い期待抱き、

高刺激と言われた ピル・アンタゴニスタ法でやる事にしました。

 

そこの医院は、前の医院の検査に加え、更に色々な検査がありました。

夫の血液や精子も更に詳しく検査されました。

 

なんだ、もっと出来る事あるじゃん!

そんな風に思い、私は無意識のうちに期待を大ーきく膨らませていたようです。。

(まもなく痛い目を見ますが。)

 

2019年39歳 採卵 8個(うち4個体外受精、残り4個顕微授精へ)

翌日、病院へTELして、受精確認をすることになっていた為、電話電話

受精状況を聞きましたが、その時には、まだ受精しておらず、

「うーん。。受精が遅いね」と女医さんに言われました。

 

自分でも気づかないうちに期待していた私は、「遅い」の言葉にもの凄く落ち込んでしまいました。

ここで初めて、かなりの期待をしていたという事に気付かされました。

 

その後、体外受精1個、顕微授精2個受精した事がわかりましたが、

胚盤胞になったのはこのうち1つ(5BC)で、

スクリーニング検査をしたところ遺伝子異常が見つかり、移植に至りませんでした。

 

「歳をとると遺伝子異常が出てくるんだよね」との院長の説明で、

高齢出産の現実を突き付けられた瞬間でした。

 

それからというもの、睡眠に影響が出るようになってしまいました。

夜中に大して出ないのに、トイレに行きたくて起き、そしてそのまま寝付けないという・・・。

 

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一方、この不妊治療と並行して、しーちゃん先生の本を読み進めていました乙女のトキメキ

「私は何かが違っている」 そう思いながら、素直に受け入れ実践していきました。

 

食事について、毎食の品数は多くとっていたので、気にした事がなかったのですが、

たんぱく質が足りていなく、甘いものが多い事がわかりました。

たんぱく質は動くもの(肉魚)と動かないもの(豆類)を毎食取るようにしました。

間食はやめました。カフェイン、アルコールもやめました。

 

就寝は23時近くでしたので、夫も巻き込み、21時に床につきました。

夫の方が順応性が高く、しばらくすると、20時半過ぎには「もう寝るよ~」と呼ばれるようになりました(笑)

 

そして、仕事を減らしました。

減らしてみると、どれだけ気を張り詰めていたかがわかりました。

その気を張り詰めていた状態を今まで「普通」に感じていたことが恐ろしいほどでした。

 

そしてそして、引越しをしました。

それまで住んでいたところは賃貸専用のRC造(南向き)でしたが、

物凄く冷える建物で、夏でも素足でフローリングを歩けないほどでした。

1年も住んでいませんでしたが、思い切って決断。

分譲賃貸SRC造へ。(詳しい方に聞いたらRCとSRCはそれほど違わないそうですが、分譲の方が作りが良いのは確か。)

 

その他にも、本に書いてあったことを素直に実践しました。

ツボピローも円皮鍼も・・・。

もちろんサプリも!

 

時間を作っては散歩やジョギングもしました。

 

 

そして、フェリチンの検査をしたことがない事に気付きました。

最低40は欲しいところ、なんと「14」でした。

不妊治療院では「問題なし」と言われましたが、他院(内科)に行き、鉄剤を処方してもらいました。

 

 

2019年11月から翌1月まで、こんな生活を続けていきましたニコニコ