僕と君と僕の80年談話のこと | HALUNA OFFICIAL BLOG「前略、電気シチーより」



杉本榛名80年談話


僕なりの80年談話を綴ってみました。

あくまで今、現在の僕の心と知識の位置情報だと思って一読頂けますと幸いです。


【明治維新】

19世紀、日本とタイを除くアジア諸国は

欧米諸国による植民地支配にありました。

その中で迎えた明治維新により

日本はアジアで最初に憲法を持つ事を実現致しました。

また同時に政治と産業を近代化する事に成功し、欧米列強からの植民地支配を免れる事となりました。


【人種差別撤廃を訴えて】

日清、日露戦争を連勝した日本。

特に日露戦争は欧米列強からの植民地支配を受ける国々に大きな勇気を与えました。

日露戦争の勝利は有色人種が初めて白人からあげた勝利だったからです。


第一次世界大戦後の1920年、世界秩序を保つ為の「国際連盟」が設立されました。

日本はその国際連盟の常任理事国でした。

日本は国際連盟の規約に人種差別撤廃を盛り込むように提案致しました。

それは国際会議における人種差別に関する世界初の提案でした。

しかし、米国がそれに反対し、規約に盛り込まれる事は実現しませんでした。


【満洲国建国について】

日本はソビエト連邦(以下、ソ連)からの国防の為に、当時、満洲地域を支配していた軍閥の張学良を打倒し、「満洲国」を建国致しました。

その際、民衆の大きな抵抗はありませんでした。


この事について欧米列強が強い非難を表明しましたが、軍事力による植民地支配で富を得て、その各地を独立に導いた事などない欧米列強に日本を非難する道理はありません。


この事を切っ掛けに日本は国際連盟を脱退します。


【日中戦争】

盧溝橋事件を切っ掛けに、日本は国民党軍との全面戦争をする事になりました。

そもそも、日本にとっての最大の敵はソ連ですので、無益な戦争である事は明らかでした。

軍は暴走し、また日本政府も混乱し収集がつけられず、和平の道を失いました。


【日ソ中立条約】

そんな中、日本はソ連と日ソ中立条約を締結致しました。

満州国とモンゴル人民共和国の領土保全を相互に尊重することが目的でしたが、日本は南進の為、またソ連はドイツとの戦争に集中する為というのが実の所です。


この事が要因の一つとして、日本は米国との関係を悪化させていきます。

日本の南進は米国の更なる反感を買い、経済制裁を受ける事となりました。


また事前にこの事とドイツと同盟を組む事について御懸念をお示しになられていたのは他でもない昭和天皇でした。

しかし日本の統帥部幹部はそれを一蹴。


国際情勢を御理解し冷静な分析をされていたのは昭和天皇ただお一人でした。


【日米開戦】

日本は米国の挑発とも取れる経済制裁やハルノートを受けて日米開戦に踏み込みます。

その挑発に乗ってしまった事は愚かであったと言えます。

米国による本土空襲、原爆の投下により約100万人の民間人の尊い命が失われ、日本は敗戦を致しました。


【学びと感謝と共に】

世界情勢を読み取れず、ドイツと寄り添い、ソ連を信用してしまった事。

またそれに伴い米国の信用を失い、その挑発を受けてしまった事。

精神性に重きを置きすぎて、戦術や化学の力を疎かにしてしまった事。


これらが日本の過ちだと言えます。


日本は学びました。


戦争をするという事は、例えその目的が達成されたとしても多くの命を犠牲にするという事。


敗戦するという事は、主権を奪われ、文化を壊され、それらを取り戻すのに途方もない時間を要し、国としての発展を妨げてしまうという事。


戦争は全力で回避しなければなりません。

その為には日本には冷静に世界情勢を見極められる目と簡単に挑発されない、迂闊に手を出せない力が必要であるという事を私達は歴史から学びとらなければいけません。


先人達の不断の努力で日本は経済発展をし、「先進国」「経済大国」と呼ばれるまでになりました。

これには大きな感謝をしなければなりません。

また2016年に安倍内閣が掲げた外交方針「自由で開かれたインド太平洋戦略」は米国、英国、インド、オーストラリアを始めとする世界各国から賛同を呼び、世界平和の秩序を守る大きな輪の根幹となっています。

日本は世界の信用を取り戻しつつあります。


然し乍ら、未だ世界は戦争や紛争が絶えず、多くの涙が流れている状態であると言えます。

世界は協力し合い、互いの文化を尊重し、次の世界平和に向けて努める時代です。


令和7年8月15日