暦(コヨミ)について凝視していて。
暦というスタイル、これはわたしにとっては経済でもあるようで。なのでそこをヂッとみつめていて。

そして、
「ビヂネスもツォルキンも同じことぢゃん。だから必要なのは愛(=強烈猛烈な関心興味)と恋(愛によって顕現・発揮されるチカラ)だけぢゃん。」そんな風におもえてるわたしをヂッとみつめていて。

ミソもクソもいっしょw
マクロもミクロもいっしょ。

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・愛(アイ)
・恋(コイ・レン)

愛(イ・意図)という場(フィールド)が現れることで、そこに現れ動く方向というチカラ(エネルギー・動力)が活動できる。



(チンナマスターの絵。

チンナマスター(赤いヒト)に踏んづけられてるカップル。これが愛であり恋(双方向のベクトル⇄)ですやね。

チンナマスターの動力・活力。)


・愛
・恋

その下層に
・音

そして音の下層が
・形
・数

形(カタチ)と数(カズ)は同じモノ(音)の表現違い。

このノリの「地上版」がチンナマスターの絵では中央の赤い人と左右の青い人で表現されてるようにともえていて。

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この世、物質次元では音は日常的に認識してる。

音も「目にはみえないもの」なのだけど、聴感覚で認識できる音域は見えてる(視覚情報)のと同程度に認識してるんすよね。

でも、
耳では聴こえない音に関してはすんげー無視してますけどね(笑)

この世次元だと「はじめに言葉ありき」って表現されちゃってるように、音を形にした「言葉(コトバ)」からが認知の対象になりやすいのだけど、

音が「言葉」になった時点で、そこにはもう発声者の「概念・念・意図」が練りこまれてしまってるわけですやね。

純粋な音ではなくなってる。
混ぜ物、発信者の意図や念や世界観や価値観が混入されてる(笑)

だから、
言葉ってのはマ術的に使えるんすよね。

そして、
白魔術としても黒魔術としても使える。

でも、
文・文章は違うんすよ。
文章は受け手側の概念・世界観・価値観が使われる。

形を書き出したものは視覚情報となりますので、書き出した者の意(イ)はダイレクトには伝わらないんす。

てか、
ぶっちゃけちゃうと文章ではイは伝わらないんす。伝わってるとおもいこんでるだけ、とゆーか。

(ただ、
形の奥行きを観るヒトは別っす。
そして一緒くたにされがちですが全く別の話っす。)

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聴くと見る。聴覚と視覚。
コレってベクトルが真逆なんすよね。
それを自覚認識したうえで遊ぶのなら、、、ウッヘッヘ♪( ̄∀ ̄)

ほんとわたしって悪巧み(ワルダクミ)好きだよなー

しっかし、
この悪って音も悪って漢字表記自体にもうドロドロしたものがベッタリとついてしまっているからこの音を明らかにみつめることができなくなってしまってるよなぁー、って。

ワル、ワとルという音自体はめっちゃ気持ちのいい音だしすげー使えるノリなんだよなー。わたしは大好き😘