いままで、

1から5まで実感できていました。


6から9は知覚認識しています。

が、実感はできていませんでした。


その6を、

とうとうこの週末で腑に落とせました。


とても嬉しく、

非常に気分がいいです♪


わたしが現時点で実感できてる1から5を書きだしてみたものが↓です。


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↑と同じ画像ですが↓こっちの方がみやすいかも。ブログ上で拡大できるし。


十字架から飛び出して制限領域(亜空間領域)から解脱し、その十字架を凝視しているのが5のわたし。


4とは何か?を理解実感するには4から抜け出さなきゃならなかったのです。

(わたしの場合は)


なので、順番としては

1→2→3→3.5(立体+時間)→5→4(立体+意識)でした。


先に〝潜在意識(95%のわたし)〟の存在を認容許容してから、自分が〝意識〟であることを実感しました。



物質と意識が在る領域が4次元です。


この〝物質+意識〟領域に在ることを認容許容できてる意識が4次元意識です。


物質しか認容してない(認容できない)のは3次元的在り方です。

(物質+意識を認知はしてます無自覚に。無自覚だから苦しくなるんですね。)


物質しか認容許容できず、自分が意識で在ることも認容許容できず、意識の代わりに〝時間〟という概念を適用してる人が4次元領域にいる3.5次元意識の人です。



現時点でのわたしの捉え方はこんな感じです。



で、

やっと6を腑に落とせました♪


それによって、

ピンときてなかったこれら↓の概念も腑に落ちました。

・中庸、中道

・縁起の仕組み(12支縁起、4聖諦)

・作用、反作用

・時間という名の連続性からの解脱


この世にある〝苦しみ〟の原因(仕組み)が腑に落ちたので、今度は実践タイムです。



6次元意識に同調することでそういった叡智を受け取ることができ、


叡智を受け取ったわたしは、

4次元領域でその叡智を体現してみるのです。


受け取った6次元意識の叡智を、

4次元領域で実践(行動に・行為に)するわけですね。


で、

具体的にどんなことするのかというと、

陰陽中庸・中道の実践です。


陰陽中庸・中道の実践ってのは、

いままでは陰陽中庸・中道を〝しなきゃいけない〟とおもってましたが、

そうじゃないとゆーことが6を実感したことでわかりましたので、

んじゃ、それが本当なのかを検証してみるのです(笑)



これってダイエットを〝しなきゃいけない〟とおもうのと一緒なんですね。

お金稼がなきゃ!も同じく。


ダイエットってのは勝手にしてるもんなんです。

体調管理ってのは勝手にしてるもんなんです。

お金を得る・お金を廻す、ってのは勝手にしてるもんなんです。


こーいったことは自動的なんです。

自動運転なんですね。



わたしの〝肉体〟という名の車はオートマティック仕様でギアはドライブ〝D〟しかありません。


アクセルもブレーキもありますが、

アクセルを踏まなくても車は進みます。

平地でもゆるゆるとマイペースで進みます。


この状態が陰陽中庸であり、

この状態が中道を歩んでるということで。


そもそも自動運転なんです。


アクセルをベタ踏みしたり、

ブレーキをベタ踏みしたり、

両方を同時にベタ踏みしたりなどと頑張らなくても、勝手に進んでるんです。


それに気づいてるのが6の意識なんですねぇ。


6は調和、愛、美、開花、陰陽中庸

6のわたしとは、

そういったことに気づけてる意識。

そういったことが当たり前の意識。



いまのわたしは、

この4次元領域において〝6の意識・6のわたし〟を活性化・発揮できてる状態、ということですね。


肉体を持ちながら、

6次元意識を解放している存在、ということなんですね。


自分の進化成長を実感できることの歓び。

超ヤヴァいですねー!

開放感満載!


1から6までは自分(顕在意識・5%のわたし)で開発する領域。

(勝手に進む、勝手に辿り着く場)


7から12は潜在意識(95%のわたし・神仏なわたし)とのパートナーシップを発揮することで開発・発揮される領域。

(パートナーシップを発揮することで辿り着く場)



なぜわたしは6に辿り着くのにこんなに時間がかかってしまったのか?


ひとつはアクセルとブレーキを同時にベタ踏みするという体験をし、それがどれだけ心身を疲弊させることができるかということを実感する必要があった(笑)


心身を疲弊するとはどーゆーことなのかを理解実感する必要があった。


病や精神疾患の原因を理解実感したかった。


なぜアクセルとブレーキがあるのか?

そもそもこのアクセルとブレーキはなんなのか?


そーいった疑問を得ること。

そして得た疑問を解消すること。

疑問を解消してみて気づくこと。


全て必要なことなんですね。

大我のわたしの目的を達成するためには。


45にして6の意識領域に同調することができました。


45年かけてわたしの意識は開花(6)できたわけです。

覚醒ってのもこの6の意識のことでしょうね。


生活に関して、辛苦に対して生じるボヤけてた思いや感覚、モヤモヤに対してピントがあうのがこの領域。

自分が何者なのかを知ってるのがこの領域。


自分が何者なのか、あの世この世がなんであるのかを知っていて当たり前なのがこの領域。


だから覚醒。

目が醒めてる状態。

悟りじゃなくて覚醒。


〝自分は何者なのか、がわからない状態〟を当たり前に設定してる環境に疑問をもつことで辿り着く場。


6は覚醒してて当たり前な場。

6の意識開花・覚醒はゴールではなく、

ただの通過点でしかない。

北インド生まれのGotama Siddhatthaさんはそんなよーなこと言ってたようですし、いまのわたしもそーおもえます。


まさに通過点。

てか、

こっからが本番スタートみたいなノリ。



わたしの意識は6の領域に入りました。


次はこの意識開花・覚醒を体現してみること。

4次元領域において行動、行為すること、ですね。


これが7のノリなんだろなと。

宇宙なわたし・神仏なわたしと繋がっていることを知ってるいるヒトの在り方。

ヒトガミ。

花を咲き誇らせる行動、行為。



花を咲き誇ることができるのは、

自分が何者であるのかを実感できてるからでしょうね。


そこにはもう不安や心配がないですから。

不安や心配があると自分を誇ることができなくなりますもんね。


自分が何者かをおもいだし、自動運転機能が備わってたことをおもいだし、それを行動・行為として体現していくことで不安や心配が消えていくのでしょう。



そして、8で実を結ぶ。

咲き誇った花だから実らせることができる。花であることを発揮しなければ実は結べない。

咲き誇らなければ蜂も寄らない、異性も寄らない。


自分自身という花をフル発揮することで、蜂や異性が寄ってくる。


ここも以前は真逆に捉えてましたねぇ。

蜂や異性や他者の承認を惹きつけるために自分自身を加工する。


加工なんてしなくてよかったんですねぇ。

そういうことを6の意識と同調することで思い出しました。


さて、

本当に加工しなくていいのか、

は、実際に行動してみなきゃわかりません。


いまのわたしは解は得ていても式がわかりません。


式(過程)は4次元領域でしか体験実感できないのです。


それこそが、

この4次元領域のすごいところであり、

わたしが肉体を携えてココにいる意味でもあります。


そーゆーことが腑に落ちると、

すげー楽しいんですね♪

嬉しいなー♪