〝みえているもの(現象)〟だけを認識して生活していました。
しかし、2年前から〝みえていないもの(潜象)〟という在り方を認容し許容しきることにしました。
少しずつ〝みえていないもの(潜象)〟に対しての理解が深まっていき、みえていないもの(潜象)を実感できるようになりました。
無いではなく、確かにある(在る)。
そういう実感。
みえていないけど在る。
ゼロの概念と同じ。
みえてないからといって〝無い〟わけではない。
みえてないけどたしかに〝在る〟
そんな実感がくっきり明確になりだしたら、今度は〝みえているもの(現象)〟に対しての捉え方が変わっていった。
あんなに存在感ありありだった〝みえているもの〟が、今度はその存在感が希薄になっていった。
すぐそばに、すぐ横に、すぐ隣にいるのに、すごく遠くに感じられる。
手で撫でているのに、この物体との距離がすごく遠くに感じられる。
物体と物体との距離がすごく遠くに感じられる。
なのだけども、
精神的距離感は近くなってきていて。
それが〝インラケチ〟のノリ。
あなたはもう1人のわたし。
わたしはもう1人のあなた。
わたしたちは共に〝わたし〟なのだ。
という不思議な感覚(笑)
最初は〝わたしは自分以外の人たちに対して興味がなくなってしまったのかしら?〟とおもってちょっと悲しかったのだけど
そうじゃなかった。
わたしがわたしを全面的に信頼できるようになれたせいか、
わたし以外のわたし(あなた・他者)に対しても全面的に信頼できてしまってるってことでした。
それは、
95%のわたしを全面的に信頼できているからであって、95%のわたしとは〝この世とあの世の中のありとあらゆる存在〟のことでもあるということ。
地球上の、宇宙全体のすべての存在が、わたしの95%部分であるということ。
そしてわたし(5%のわたし)も〝誰か・何か〟の95%部分であるということ。
いま、
わたしのヒザのうえで猫が寝ています。
猫は温かくて気持ちいいですし、
物理的にはこんなに近くにあるのですが、
存在としては希薄です。
わたしとこの猫で溶けあってしまってるイメージ?
人間以外の動物や植物などとの接触だと、
最近こんな感覚?イメージ?が強いです。
こういう時は5%のわたしより100%のわたしのノリが現れてるんだろうなぁとおもえています。
5%のわたしと猫の5%部分と、
そしてそれ以外の部分のわたしたち。
100%のわたしであり、100%のわたしたち。
現象(わたし)と現象(猫)が潜象とともに在る状態。
ああ、ひとつだなぁ…っていう実感が湧きます。
人間との接触は、接触中(コミュニケーション中)は分離感がまだまだ強くでますが、それもすこーしずつ弱くなってきてる気がしてます。
人間と接してないとき、ひとりでいる時、遠くから人間をみてる時はその存在感とても希薄です。
いままで好んで読んでいたブログなども、いまは読んでいてもその存在感が希薄に感じられてしまっていて、文字を追うのがつらくなってきました
これは困ったなあとおもっていたのですが、幾人かの方のブログやSNS投稿だけは難なく読めていることに気がつきました。
読めてる内容と読めなくなってしまった内容との違いはなんだろう?と調査しましたところ、多分これではないだろうかとおもえる点浮かんできました。
営利目的が一切ない
損得勘定が一切ない
誰かや何かの評価を求めてない
投稿内容に〝自分の言葉〟以外がない
自身の発信に対しての見返りを求めず、
湧きあがるパッションのままに与えてる(差し出してる)というスタイル
頑張って読めばなんでも読めるんですけど、頑張る気になれない…
頑張る必要性を感じない…
左脳的なノリ?に興味がなくなってしまった?
こーなってみておもったのは、
自分の言葉を発してるブログってこんなに少なかったのかと。
自分の言葉ってのは本音本心の部分のことで、これを感じられることがこんなに少ないことに驚きました。
偽ってる言葉は脳を使ってるような気がしてます。
いや、たぶん〝普通〟は脳を使ってるんでしょうけども。
それがわたしにはもう普通じゃなくなったんだということに気がつけたというか。
それに気づいわたしは自分のこのブログを見直してみました。
趣旨がアウトプット、垂れ流すことが目的で書いてるのでおもってたほど偽りの言葉はなかったです。
自己開示を目的にして、荒唐無稽だとおもえても、誹謗されるんじゃなかろーかとおもえても可能な限り湧きあがるものを吐きだせてきてたからでしょうかね。
バカにされたくないから綺麗に丁寧に書こうとかはしなかったですし。
誤字脱字すらもそのまま(笑)
他者にみせることを前提としないよう尽力はしてきました。
そのための自己開示。
そっか。
いまのわたしは自己開示、オープンマインドな投稿だけが気分よく読めてるんですね。
オープンマインドな投稿以外が悪なわけではありません。
他者の目線を考慮して綺麗に作り上げて発信することを否定などしません。
いまのわたしがオープンマインドなノリが好きだってだけのことですね。
潜象側からみる現象。
潜象側からみるとオープンマインドなものがすごく魅力的にうつるんですよねぇ。
逆に、
オープンマインド以外はみえにくい。
ふふふ。
面白いですね。