自己肯定感が格段に強くなれたのは、
わたしのできる面(凸)にフォーカスし、
わたしのできない面(凹)にフォーカスしなくなったからかなぁとおもえています。
わたしは意識です。
意識=記憶=関係性=縁起
意識領域は広大です。
広大な意識領域には何もかもが在ります。
これがよく言われる〝豊かさ〟のことですよね。
ネガティヴも含めての豊かさです。
そんな中で、
わたしという意識が常日頃どこにフォーカスしているかが大事ですよね。
フォーカスしている時間が長いのはどんなことなのか?
だってフォーカス=活性化。
そして、
フォーカスしていない領域は不活性になる。
ここがわかっちゃってたらそれを使いこなそうと思いますよねぇ。
広大なわたしの全てにフォーカスすることはできません。
フォーカスしたいことはなんなのか?
おそらくこれもココにくるときに決めてきてます。
わたしの場合は、
◯全体的なわたし(100%のわたし)をフル活性化フル発揮w
◯ヒトガミ領域での新しい経済の創造・活性化・具現化・実用化
◯身体能力の本質的向上
◯争い領域からの完全離脱
いまのところ思いだせたのはこのあたり。
これらができたら面白いだろうなあとおもいますが、本当にできるのかどうかは知りませんし、そこにはあまり興味ないんです。
興味があるのは、
ココにきた目的を思いだしきることと、
思いだした目的に向かっていまできる行動をするってだけで。
目的が達成されるかどうかには、
あまりというかほとんど興味がないんです。
不思議ですねぇ。
そういう在り方も在るんですねぇ。
まぁ、いまの時点での在り方だからいずれ変わることも在るかとはおもいますが。
そして、
これらの目的に向かってわたしが行動するには、パートナーシップという関係性を活性化し発揮する必要があった。
そのパートナーが95%のわたしでした。
わたしがみえないわたしの存在を認め許容することが、やりにきた目的に向かう行動力を起動するボタンでした。
カップルなわたし。
双子のわたし。
みえるわたしとみえないわたし。
この2人(?)が出逢い、
その在り方を認め許しきることで、
100%のわたしが現れます。
この100%のわたしがいわゆる創造主であり創造領域なのかと。
創造は無自覚でもはたらいてる作用だけど、ここを自覚することでコントロールが可能になる。
使いこなすことができるようになる。
己が双子であることをおもいだすと、
己が創造主であることを思いだす。
5%のわたしと、
95%のわたしとの出逢いドッキングすることで100%のわたしが現れる。
そうなってみて気づいたこと。
全てにおいて100%のわたしが最優先されてるということ。
わたしは5%のわたしでも在るのですが、
5%のわたしのおもいややりたいことより、100%のわたしのノリが優先されるんです。
たとえば、
5%のわたしは脳人格の癖がまだ残っています。
現時点でもネバ!とかベキ!とかが現れることもまだあります。
それが現れていることに気づけてない時すらあります(笑)
だから、
どんな時でも判断や決断する前に1度100%のわたしにフォーカスする癖をつけるようにしました。
イマココのわたしは100%のわたしです。
未来にも過去にも行こうとしないで、
イマココの全体的なわたしにフォーカスします。
そうすると、
ちゃんとも気づけるんですよ。
あ、ネバベキ出てるって(笑)
そして、
それって本当にしなきゃいけないことかしら?と問うてみると、そうでないことが全身で腑に落ちる。
リラックスできる。
深刻に考えだしてしまった時なども、
この方法で切り替えてます。
シリアス状態は波動が低くなります。
歓びが感じにくい状態。
わたしは本当に切り替えが下手でした。
凝視、近視が得意で暴くにはベストな能力ですが、必要以上に追い込みすぎて過集中し神経がショートするまで続けてしまう癖がありました。
いまはそれがイマココにさえ還れば切り替えられることを覚えたのでラクちんです。
5%のわたしの凹は、95%のわたしと共にあって100%のわたしとして在ることで補完されるんですね。
わたしの凹は、
わたしのパートナーの凸が補う。
わたしの凸は、
わたしのパートナーの凹を補う。
100%のわたしは補完されたわたし。
だから、
100%のわたしが最優先される。
そこに間違いがないことを知ってしまっているから。
それが腑に落ちきってしまってから、
ネガティヴなリアルの捉え方がすっかり変わってしまいました。
ネガティヴなリアルに対して、
純粋にワクワクしてるわたし。
ネガティヴなリアルはチャンスなのだと知ってしまったわたし。
そして、
生活を立て直そうとか、
生活を整えよう、
生活を成り立たせよう…
そんな風に捉えてたことが、
生活は副産物でしかないという概念に変わってしまいました。
生活することに捕らわれてたことに気づきました。
わたしはわたしの仕事をしにきています。
生活とは、
わたしの仕事に対して発生する副産物でしかないということ。
わたしの仕事ができる歓び!
わたしの仕事をしている歓び!
これがわたしの1番強い歓びで、
1番満足度が高く、1番波動が高い状態。
歓びで満足していて仕合わせな状態。
わたしはわたしの仕事をしにきてる。
その仕事を全うすることで勝手に歓び満足し波動は高まり仕合わせになってる。
その状態が副産物を産む。
それが生活の質の向上。
歓び満足し波動が高まり仕合わせになってると、勝手に生活が向上する。
ベクトルとしてはこの方向なようで。
生活を向上することにフォーカスすることは本質的ではないってことなんですねぇ。
エネルギー的に無駄遣いの多いやり方だったってことなんですねぇ。
そーゆーことか腑に落ちたので、
生活にフォーカスすることをやめました。
そしてこのベクトが宇宙的経済活動にも通ずるんだともおもえました。
95%のわたしは5%のわたしでは思いもつかない捉え方がや考え方を閃かせてくれる。
共に在れるようになれて本当によかった♡
わたしは5%のわたしも、
95%のわたしも、100%のわたしも大好きになれました。
そう思えるようになれたら、
わたしの世界から絶対的に悪いヤツと絶対的な損という概念がなくなりました。
ネガティヴなリアルをラッキーと捉える在り方ですもん。
面白くて楽しいわたしのワールド♪
青い変容の城の8日目でこんなに変わってしまったら…
青い城が終わる44日後はどーなっちゃってるんだろ。
なんてゆーか…
ほんと凄まじいよなぁ…
時空的規模、宇宙規模って。
そういう領域で己を捉えるようになったわたしってのもやっぱ凄まじい存在だったんだなぁとも。
凄まじいわたしを封印し続けてきたわたしの気持ちもわかるよ。
そりゃこの規模、ビビるよねぇ![]()