気づいて、

そして思い出しました。


思い起こせば、

子供の頃からわたしはお金と自分の身体能力の可能性に興味がありました。


そしてもうひとつ、

幼い頃から争いを憎んでました。



そして、

これらのことについて当時の大人たちに質問しまくり、その回答に幻滅ばかりしてました。



本質を知覚してるのに、

本質を理解できないもどかしさ。


肚にあるモノコト(感覚)を知覚してるのに、

頭でそれを理解できないもどかしさ。

思いだせないもどかしさ。



わたしが理解できる回答を提示することができない大人たちに幻滅してました。

(大人って偉いんじゃなかったんかいっ!)



今思えば、

肚に人格が編まれていない大人たちに囲まれていました。



遠い昔の長老と呼ばれるような在り方の人たちは肚に人格(ヒトガミ)が編まれていて、子供たちの肚感覚的な問いに対して肚の人格で回答していたんだろうなといまのわたしは思えていまして。



肚と肚なら言葉以外でも通じあえる部分が強いのか安心できるんですよね。



肚の決まってるヒト、ブレないヒトのそばにいると安心してしまうのは、肚と肚との関係性の安定感の現れではとおもえています。



あ、でもこれは、肚と頭(脳)間では成り立たない関係かもで、脳人格のヒトはブレない肚人格のヒトのそばでは安心できませんね。むしろ不安が煽られるかと。


わたしとわたしの父の関係がそれでしたし(笑)



子供の頃からずっと父のことを殺してやりたいくらい不快な存在と捉えてましたが、


わたしの肚に人格が編まれだしてからは、父のブレなさはわたしの教師だったのだと気づけ彼をリスペクトできるようになりました。おかげで殺さずに済みました。



若いわたしは肚にあるモノコトの本質を知覚しているのに、それを頭で理解し腑に落とすことができないでいました。


それがとても苦しかった。



人格を育てる。創り出す。

最初は脳に創り、そしてそれを解いて肚に創る。


脳も肚も子宮みたいな仕事をするんですねぇ。

(解かれきった脳は次の仕事にはいる)




自我は脳で編まれます。


そして自我が形成されきり、

自我が編まれきり、

分離意識が極まったら、

ベクトルが反転します。



神仏の塊を解いて編まれた自我が解かれだし、神仏なわたしを編みだします。


神仏の塊はそもそも丹田にありました。

脳で編まれきった自我は、編みきられたら反転して肚に(丹田に)還ります。


編まれきった自我を解き、

丹田で神仏のわたし(ヒトガミ)を編みだします。



肚は(丹田は)神仏の領域です。

脳は(頭は)思考の領域です。


思考の領域で人格を形成する時代(3次元意識)と、


思考の領域で形成した人格を解き、

神仏の領域に人格を生成する時代(4次元意識)を体験したんですね、わたしは。


3と4は表裏ですからねぇ。


そんな気づきを得て、

それが腑に落ちきりました。

なーるほーどねーっ!と納得。



4次元意識はバランスを保とうとする力が強い場だから、4次元意識時代前半はそこまでしんどくなかったんでしょうが、

後半はいやもーキツかったんですねぇ。



そのバランスを一旦自分で全部ぶっ壊さなきゃならないから。



バランス保ちたいわたしぶっ壊したいわたしのせめぎあい。


3から4への移行は受容と赦し

4から5への移行は破壊(死)と復活



ぶっ壊せるところからどんどんぶっ壊していって、


昇華できるところからどんどん昇華していって、


最後の最後まで残ったのが

お金(経済)への疑問と身体への疑問でした。


いろんな説や捉え方を拝見するも、わたし的に腑に落ちるきることがなかなかできず苦しかった。


誰かの説や概念で腑に落ちきれれば楽なのに…

どーしてもそれができないでいるわたし。


誰かの説や概念で納得できてる人たちが羨ましくおもえたり(笑)



素晴らしい説もたくさんあり本質だなとおもえるものもあるのだけれど…

わたし的にはなぜか腑に落ちきらない。


常にどこかにモヤがある。


ついに、

外に解を求めるのを諦めきる。

他に方法がなく仕方なくだったんですがw


ラクしたくて外に解を求めたても、結局ラクできてないことに気がついたから(笑)



自問自答。

解は己の中にあり。


そう肚をくくったら、

閃きや湧きあがるものを許容認容することができだした。


これは気のせいなんかじゃない。


閃きを信頼信用して行動してみたり考えてみたりしていたら、実感体感が伴ってきて確信を持てるようになれた。


他者がなんと言おうが、

己の閃きから得た確信を信頼信用できるようになれだした。


バランス(偶数)を壊しアンバランス(奇数)になってはじめて能動的に動けます。


それが4から5への移行。



5次元意識は肚人格己の仕事をする領域。


神仏のわたしを編みあげ、

すでに神仏のわたしを編みあげてることに気づき、

神仏のわたしにフォーカスし続け、

神仏のわたしを活性化し、

神仏のわたしをフル発揮する。


いまわたしはこーゆーことをしようとしてるんだ、という気づき。

そしてその実感。



神仏のわたしとして、

ヒトガミとして、

5次元意識のわたしとして、


お金(宇宙経済の創造&活性化と既存の経済領域からの離脱)と

身体能力の本質的向上と

争い領域からの完全離脱


を、やるんだそーです。

やっとそれをおもいだせました。

ここまでくるの長かったなー滝汗