面白い!
面白そう!とおもえること。
楽しい!
楽しそう!とおもえること。
やりたい!
やってみたい!とおもえること。
それ以外の動機では、
行動できなくなりつつあります。
やりたくないことが、
まったくできなくなりつつあります。
わたしのための我慢ならできるのですが、誰かや何かのための我慢はできなくなりました。
わたしのペースならできるのですが、
誰かや何かのペースにあわせることができやくなりました。
ヒトとしてはダメダメです。
でも、神仏の領域以上では、
この在り方はベリーグッドだそうです。
そのせいなのでしょうか。
ヒトとしてはダメダメなのに、
神仏の領域以上で賞賛されてるので、
リアルで困りません。
いま現在でも、
わたしの未来は真っ暗闇で、
先の(生活の)見通しなんてちっともたちません。
先の見通しがたたないのがすごく怖かったのだけど…
その暗闇を眺めていましたら、
あれ?
先というのは、
未来というのは、
暗闇な方がデフォルトなんじゃなかったっけ。
そんな想いが湧きだしました。
一寸先はみえないものなのだ。
赤子、幼児にはイマココしかない。
1時間後、あとで、明日という概念がない。
お先が真っ暗闇。
これが当たり前だったとしたら、
わたしはどーする?
お先は常に真っ暗闇だったことに気がつけた(おもいだせた)としたのなら、
わたしはどーする?
お先は…
新たに創れる?新たに創るもの?
この蠢く真っ暗闇は…
弾けて産みだされるのを待っている?
赤子や幼児や子供が大人にお世話されるのはなぜ?
大人がお世話しなきゃという使命感を湧くのはなぜ?
赤子・幼児・7歳までは潜在意識と分離していないという説。
いまのわたしは、
5%のわたしと、95%のわたしが合流して100%のわたしになっている。
それって、
潜在意識と分離していない状態。
赤子や幼児、子供らと同じ在り方。
子供は大人の教師。
なんの教師?
分離意識を放ち、子供に還れ。
95%のわたしと合流し100%のわたしに還ればいい。
100%のわたしならイシキのわたしを使いこなせる。
潜像界を理解しコントロールすることができる。
みえる世界(物質界)は、
この世全体のほんの5%でしかない。
お先をみようとしない。
お先を見通したくて
繰り返しを創造しようとしない。
5%の程度の認識で創る具現化などで満足できるわけなかろ?
面白くなかろ?
窮屈だろ?
5%の知覚認識じゃ拡大発展的な創造ができない。
創れば創るほどに小さく縮こまっていくだけ。
危険だから、不安だからと制限、規制。
創るリアルがどんどん縮こまっていく。
デッカい夢も野望も持てないような在り方で満足ならよし。
抑圧が少ない環境で育った子供の夢や野望が無限大なのは、100%のわたし(自分)を知ってるから。
5%での創造と、100%での創造。
面白そうで、
楽しそうで、
やってみたいとおもえることしかやれなくなりつつあるわたしは、
やりたいことしかやらない幼児や子供らと同じ在り方。
常識で考えるとこんなことしちゃ絶対ダメだよなぁ…とおもえること。
でも、やってみたい。
どーなるんだろ?
怒られるかな?
殺されるかな?
なので、
やってみてる。
どーせ死ぬ時にしかしなないし、
死んでしまっても問題ないし、
やらないでいる方が気分悪いし。
別に殺されたって構わない。
別に怒られたって構わない。
誰に怒られようと、
誰に殺されようと、
問題視する気になれない。
わたしの世界観の中では、
万人に等しく怒る自由も殺す自由もあるのだから。
怒られる自由も殺される自由もあるのだから。
怒ったら、怒られたら、殺したら、
このリアルは好きだったか嫌いだったかを湧きあがるもの全てを満たしきり味わいきって溢れだしきればいい。
殺されたら「あ、死ねた。」とおもうだけ。
そもそも死は怖いものじゃない。
死は怖いものだと捉えてるヒトには、
死んだあと怖いものに囲まれちゃうだけ。だってそれを望んでるから。
ぢつはいつでも、
お望み通りの展開しか展開されてない。
生きていても、死んでいても。
四次元意識以下だと繰り返す。
何度でも繰り返す。
気づくまで繰り返される。
なぜ繰り返されるのか?
五次元意識以上になることを求めてココにきてるから。
そうじゃなければ、
繰り返しで苦しむことはない。
繰り返しで苦しむなら、
同じことでいつも苦しんでるなら、
同じことがいつも繰り返されるなら、
それに飽き飽きしてる自分を認める。
認めきり許容しきる。
5%のわたしで創造することを諦める。
5%のわたしでは繰り返ししか創れない。
それが輪廻。
制限があるから繰り返してしまう。
5%枠の中でぐるぐるまわってしまう。
ハムスターの車輪遊びと同じ。
そして、
ココを抜ける覚悟をきめる。
変わる覚悟をきめる。
そうして現れたのが、
社会的にダメダメなわたしを許容しきってるわたし。
社会的にダメダメなわたしを愛できってるわたし。
そして、
そんなイマをすごく幸せだなぁと感じてるわたし。
社会的にダメダメなわたしを許しきってもいい。
社会的にダメダメなわたしを愛できってもいい。
社会的にダメダメなわたしが大好きでもいい。
だって、
その方が気分がいい。
だってその方が幸せ。
だってその方が困らない。
イマココのわたしはちっとも困っていない。
イマココのわたしは、
繰り返しから外れてしまっている。
だから、
お先が真っ暗闇。
未来がみえない。
イマココのわたしは、
闇も愛でられるわたし。
暗闇を一歩進む。
踏みしめた闇が爆ぜ、光のシャワーが降り注ぐ。
それがわたしのイマココ。