それにともない…
○○出来てないから受け取れない
△△できてないからわたしには受け取る資格がない
的な捉え方も解放しちゃいました。
わたしもう…謝りません(笑)
謝る必要性を感じなくなったからです。
謝る必要性がないことに気づいてしまったからです。
わたしは謝りませんし、
他者にも謝ることを求めません。
随分前から、
謝ることに対して違和感はあったんです。
でも、
そんなもんだと諦めてたんですねぇ。
無視してたんですねぇ。
いやー
まったくもって
とんでもなかったですっ!!
もう絶対謝らない!
わたしに対しても、誰に対しても!
これがどれだけ波動さげちゃってるかに気づいちゃったらもう絶対やれない!
わたしに対して失礼な行動だわ!
幼児が頑なに謝りたがらない理由がわかりました。
幼児は本質を体現してる。
子供は大人の教師。まったくだ。
ぢつは、10年前に知ったホ・オポノポノの中にでてくるごめんなさいにも違和感があったんです。
その違和感の理由をやっとはっきり認識できました。
10年掛かったよ…
ヒトをやめれたからかもしれませんね。
コレ結構根深く定着してたからすごーく気づきづらかったし。
オポノポが悪いわけじゃありません。
オポノポを批難するものでもありません。
わたしにはこの〝ごめんなさい〟という概念の捉え方がもう不要だとおもえた、という内容です。
ヒトデナシになったから気がつけた。
そーゆーことです。
ヒトデナシとは世間で言うところの〝情〟という概念がない在り方です。
そして、
世間でいうところの〝情〟という概念は魂の成長を妨げます。
これはわたしの世界では真実です。
んで、
〝謝る〟をやめました。
謝る必要性を感じなくなったからです。
それ以上でもそれ以下でもありません。
謝るってなんでしょうかね?
わたしの世界は〝誰も悪くない。わたしも悪くない。わたしは素晴らしい。皆も素晴らしい。〟
そういう世界です。
わたしが選んだ世界はそういう世界です。
なのに、
なぜわたしはいままで謝ってたんでしょう?
ヒトだったからです。
五次元意識以下の意識がそうさせていました。
世間で言うところの〝情〟がそうさせてました。
ヒトをやめた途端、
謝る必要性を感じなくするリアルが注がれました。
罪悪感、正義感が消えたのに、
まだなんかモヤモヤしてる…
それで凝視してみましたところ…
〝わたしにはそんな資格がない〟
そんな気持ちの悪い捉え方をしているわたしに気づけました。
ヒィー!
キモチワルイ…
〝できてない〟
そう捉えてるわたし。
おやつをくれると言ってくれてるのに、
宿題終わってないのにおやつ食べれないから…と断るわたし。
素敵ね!と褒められても、
いやー母親は美人なのにわたしはブサイクでさー、と褒め言葉を受け取らないわたし。
すごい!と褒められても、
いや、まだまだ!と受け取らないわたし。
太陽星座が牡牛座なわたしは初心者意識が高いと言われますが、いつでも自分の現状に満足できないところがありました。
これはイマココのわたしで全体的なわたしと繋がるようになってからは自分に厳しくすることをやめれるようになりした。
が、
イマココのわたしから外れ五次元意識以下の意識になると現れます。
ヒトで在ることをやめ、
それに相応しいリアルが注がれましたら、
〝条件つけては受け取らないわたし〟という在り方はもう不要だとおもえました。
わたしは、
あの世にもこの世にも全力で愛できられてる。
この真実を実感してるのに、
受け取らないのはおかしいわけなんですよ。
働かないなら食っちゃダメとか、
美人じゃないからモテちゃダメとか、
もうほんとキモチワルイ…
なんなのこの思考回路。
キモイわー
昨日より今日の方が、
より低次元な意識にキモチワルさを感じてしまう。
もう本当に要らないんですねぇ。
もう本当にあわないんですねぇ。
キモチワルさを感じるから、
もう不要なのだと気づける。
気づければ解放することができる。
ありがたいことです。
楽チンです。簡単です。
解放するだけでいいんです。
頑張って変える必要はないんです。
楽チンです。簡単です。
ありがたい♪
謝る必要を感じないわたしの方が気分がいいです。
確かに家族や友人に謝られるとキモチワルかった。
だから謝られると筋合いはない!と言ってた。相手はなぜそんなことを言われるのかピンときてないようだったけど。
いまならその理屈を一応説明できるけど、説明されてもピンとはこないのかもしれないなあ(笑)
やりたいことをやっていると、
やりたくないことをやらないでいると、
謝る必要性、謝らせたいという捉え方が消えます。
やりたいことをやっていると、
やりたくないことをやらないでいると、
必要なリアルしか注がれてないことを知ってしまうからでしょうね。
被害者意識も、加害者意識も、
分離意識由来の捉え方ですからねぇ。
謝る必要も、謝られる筋合いもない、
という在り方は楽チンで気分いいです。