絶世の美女になるわけではないのでしょうが〝美しい〟のもわたしらしさなんですねぇ。
わたしはわたしで在り、
わたしは神々でも在ります。
わたしがわたしを貶すことは、
わたしが神々を貶すことと同意です。
わたしは、
わたしのすごさを素直に現していいのです。
わたしは、
わたしの美しさを素直に現していいのです。
わたしは、
わたしの素晴らしさを素直に現していいのです。
ヒトでしかなかった時には自己卑下しまくってましたが、
わたしは神々でも在るのだということを実感してしまうと、自己卑下なんかしてる場合じゃないことに気がつきました(笑)
あんたよくもまーあそこまでぞんざいに扱えたわね、わたしを。
わたしが神々でも在ることを実感したら、今までわたしがわたしに対してしてきたことがほんとーにヒドイ対応だったのだと気がつき反省しきりです(^_^;)
己の中にはすでにすごさ、美しさ、素晴らしさが在りました。
そのことを思い出していいんですねぇ。
わたしの内側には何もかもが在ります。
わたしが何を持っているのかを確認したくて、いま二元性のこの領域にいます。
二元性のこの領域では、
わたしの内側の何もかもを現すことができる領域。
わたしが何で在るかを体験することができる領域。
この領域では〝無い〟までが在る。
内側では全てが在りますが、
無いまで在ることを現わせるのは二元性の領域だからこそのことです。
わたしも
〝無い〟が在ることを味わいきることができました。
〝無い〟んじゃなくて、
〝無い〟が在るんです。
これはインドのゼロと一緒ですね。
ゼロは〝無い〟んじゃなくて、
ゼロが〝在る〟んです。
わたしは〝無い〟が在ることを実感しました。
〝無い〟を楽しんでるわたしがいたことも実感しました。
なーんだっ!と。
ちぇ、なーんだっ!と。
ほんとシリアスって意味ねーっす!
深刻になるって意味ねーっす!
なーんだ!
ほんとーに楽しみにきてるだけなんじゃん!
深刻、意味ねー!!!
〝無い〟が在るんです。
その〝無い〟をどかせば、そこには何もかもが在るんです。
ちぇーっ!
あんなに深刻に考えてたの超意味ねーっす!
解決しようなんて捉えるからみえなくなるんだもん!
解決しなきゃ!とか問題視とかほんと意味ねーっす!
解決しようとしない方向、
問題視しようとしない方向、
こっちが本質でした。
こっちが本質でした。
こっちが本質でした。
〝無い〟と捉えてるとしたら、
それはすでに在ることを思い出す。
その方が簡単です。
すぐに思い出せなくてもいいんです。
思い出す癖がつけば。
思い出せるわたしを信頼する。
その行動を起こせばいいだけ。