罪、罰、
そんな概念を解放した。
神性、仏性もフル発揮するわたしにはこれらの概念はもう不要なのだと気がついた。
この概念があると自己矛盾・自己葛藤がおきてしまう。
矛盾・葛藤がおきてしまうということは、素直になりきることができないということ。
もうわたしは素直になりきって構わないとおもえている。
なので、
その妨げになってしまう概念の方を解放する。
神性、仏性をフル発揮するのならば、
罪や罰といった概念は不要。
なので、
ミナカヌシのもとに還っていい概念となる。
神性、仏性をフル発揮する在り方とは、
すべてのわたしを余すことなく使いこなす在り方。
すべてのわたしを余すことなく使いこなす為には、すでに不要になっている概念や想いに気づき、それらがミナカヌシのもとに還れるよう意図すること。
気づくこと。(感謝)
意図すること。(祈り)
受け取りきること。(感謝)
送り出しきること。(祈り)
それが5パーセントのわたしの仕事。
わたしはわたしの仕事を全うする。
すべてのわたしが各々の仕事を全うしている。
完璧な仕事。完璧なハタラキ。
それ以外は、
この世にもあの世にもないのだという理解。
〝完璧なんかじゃない〟と捉えてるヒトの意図を、完璧に汲みとってそのための体験をリアルとして与えている。
イマ注がれているリアルは、
わたしが望んだリアル。
不幸なわたしのためのリアル。
かわいそうなわたしのためのリアル。
この世とあの世の仕組みに気づくためのリアル。
ヒトガミフル発揮時代にふさわしくない不要な想いや概念に気づくためのリアル。
この世もあの世も、
とてもシンプルなハタラキでなりたってる。
気がついてしまえば、
なんでこんなことがわたしはわからなくなってたのだろう?
と、毎度不思議におもえる。
昨日まで、先に進むのがあんなに怖かったのにいまはあんまり怖くない。
興味の方が強くなってる。
超怖いよー!助けてよー!
こんなの嫌だよー!
と、本音を晒しきったら叡智が与えられた。
気づきもたくさん与えられた。
愛も与えられた。
たくさんのわたしが〝イマココのわたしの挑戦〟を全力で応援支援してくれているという実感も与えられた。
勇気が湧くようにと、
自信が湧くようにと、
いろんな形で支援メッセージを届けてくれた。
この道で間違っていない。
疑ってもいいけど信じてみてよ。
その方が絶対楽しいから。
大丈夫だから。
ひとりぼっちじゃない。
あの世もこの世も、
なにもかもがわたしであり、
すべてのわたしがイマココのわたしの挑戦を全力で支援してくれている。
イマココのわたしのいる世界はそういう世界。
内側の深い愛が、
内側の眩い光が、
リアルに投影されている。
あの世のすべての存在に全力で支援されているわたし。
そのことに気がつき、
そのことを実感してしまっているわたし。
この世はあの世の投影。
それならば、
この世がわたしを支援しないはずがない。
この世がわたしの敵であるはずがない。
この世はわたしの為にある。
…という確信(笑)
真っ暗闇の先には必ず光がある。
明けない夜はない。
昨日はそんなことをしみじみ実感した1日でした。
怖がっていい。
嫌がっていい。
全力で怖がり、
全力で嫌がると、
みえてくるものがある。
きづけるものがある。
中途半端じゃなく、
全力で湧きあがる想いや感情をだしきると、追って叡智が湧きあがる。
コツはきちんと出しきること。
赤子や幼児はこれが上手。
わたしはそれをマネっ子してみて実感できた。
かっこ悪くても、
みっともなくても、
出しきる。
湧きあがるんだから出しきる。
人前じゃ恥ずかしいから、
1人になってこっそりだしきってた。
いまは人前でもいいや、とおもえてきてる(笑)
すでにわたしの世界には
罪も罰も恥もない。
おお。
すでに随分と変わってしまってるんだなぁ、わたしは。