ぉいぉい。
誰が注いでるリアルだとおもってる?
〝わたし〟が注いでるリアルだよ!?
大丈夫じゃない訳ないじゃないか。
知らない誰かが注いでるんじゃない。
何もかもを知ってる〝わたし〟が注いでいるリアル。
何もかもをしったうえで注いでるリアルだ。
問題がある訳ないじゃないか。
全てはうまくいっている。
イマココのわたしは完璧。
ヒト生活からヒトガミライフへの切り替え。
未知の領域。真っ暗闇。
なんの情報もなく進むのは怖い。
なんとかして見通しを立てたい。
そう足掻くわたしがいる。
怖くて当たり前だ。
怖がっていい。
それでも、
もうわたし(達)は進むのだから。
なぜ?
それは気づいてしまったから。
己が何者であるかを。
怖がってもいい。
先にフォーカスすると途端に恐怖に包まれる。
でも、
イマココのわたしで在れば恐怖は消える。
イマココのわたしは〝100パーセントのわたし〟だから。
暗闇を何かで照らそうとせず、
暗闇を暗闇のままに踏み進めばいい。
その暗闇は蠢いている。
その暗闇はわたしに触れられるのを待っている。
触れてみなければわからないのだ。
それがなんであるかは。
進め。
すでにこの暗闇に突入できるだけの叡智は与えてある。
怖い?
怖いだけじゃないだろ?
ワクワクしてるじゃないか。
どーなっちゃうんだろ…
どんな景色が待っているのか…
みたい。しりたい。体験したい。
類推するから絶望する。
わたしらしさを発揮することを諦めたくなる。
過去のデータなど参照しなくていい。
他者の情報など参考にしなくていい。
誰かが創った〝普通は…〟なんてストーリーなど選ばなくていい。
それは5パーセントのわたし内での創造。
奇跡とは想定外の出来事。
奇跡は95パーセントのわたしのハタラキ。
95パーセントのわたしの仕事を受けとりきる。
95パーセントのわたしに全幅の信頼を寄せる。
5パーセントのわたしは、
95パーセントのわたしと常に共に在ることを強く自覚する。
小さく収まりたいなら構わないのだ。
しかし、
〝フル発揮〟を望んでるのだ、わたし達は。
〝フル発揮〟しにきてるのだ、わたし達は。
そのことにもう気づいているのだから、
その暗闇を踏み進め。
なんどもなんども挑戦してきた。
そして今度も挑戦する。
挑戦することをやめられない。
わたし(達)は〝進化の歓び〟をしってしまっているから。
怖がってもいい。
怖くて当たり前だ。
それでも進むのがわたしなのだから。
真っ暗闇のその先にある〝光〟を知覚してしまうのだから仕方ない。
わたしとはそういう在り方なのだから仕方ない。
諦めて怖くても進め(笑)
わたし全体で完璧なリアルを注いでる。
全幅の信頼を寄せ、
勇気を出して進め。
わたしはわたし。
わたしは全て。
リアルは内側の投影。
内側が大丈夫といったら大丈夫なのだ。
たとえ死んでしまっても、それは大丈夫なのだ。
リアルとはそういうもの。