頭のおかしいオトナ感全開(笑)
あの折り紙作家のように。
ウチの親父のように。
無邪気で素直な在り方に憧れる。
でも、
イマのわたしは無邪気じゃない。
素直でもない。
そして、
それがイマのわたしだとおもえるから。
無邪気じゃない、素直じゃない。
それでも、
捉えてしまう、感じてしまうのだから、
ならばもう、
無邪気じゃないまま、
素直じゃないままに
受けとめきってみるしかないじゃないか。
酒を飲まなきゃ緩みきれないなら、
酒飲めばいいじゃないか。
無邪気じゃないんじゃない
素直じゃないんじゃない
無邪気になりきれない
素直になりきれない
いいじゃないか。
なりきれなくても。
まだ振り切れてないわたし、
を、堪能すればいいんじゃん。
〝完璧以外イマココには無い〟ということだけはわかってる。
先はおっかない。
振り返っても退路はない。
いいじゃないか。
それってイマココにいろやってことでしょ。
先をみると真っ暗闇。
ぢつはみえてないのよ。
暗闇しか。
暗闇しかみえてないから、
怖い妄想ばかりしちゃってるだけ。
それでも、
それでもさ、
〝この暗闇はいつまでも続かない〟という予感?確信?が湧くのよ。
気のせい?
そう捉えてしまえばあっという間に気のせいになってしまう程度の確信。
それでも、
わたしはこの確信を大切に扱う。
それは気のせいだから、とおもうわたしがこの確信を消そうとしにきても、
わたしはこのか弱い確信を守るために尽力するのだ。
どんなにかぼそかろうと、
それは〝確信〟だから。
わたしはその確信に対して、
全力で対応しなくてはならない。
だって、
どんなにかぼそくても、
それが〝確信〟だから。
そう覚悟を決めた時、
わたしの頭上に空間が広がってることに気がついてしまった。
〝そうか、ソラ(宙)があったか…〟
陸にあがるだなんてありえなかった時代に〝俺たちは陸にあがれるイエイ!〟と確信したバカがいたからいまのわたしが在る。
ヒトガミだぁ?
あり得ない!神を愚弄すんな!とおもわれる時代に〝わたしたちは神々でも在る〟と確信したバカが現れたからヒトガミが顕れるのだろう(笑)
すでに顕れている。
わたしはその在り方を知り安心する。
ああ、
いいんだ。
わたしもバカを顕していいんだ。
愚かで情けないわたしを晒していいんだ。
もう、頑張らなくていいんだ。
その代わり、晒していく。
バカで愚かで情けないわたしを。
バカで愚かで情けないことは結構当たり前のことなのだという認識が広がるために。
悪いこと?
いいえ、当たり前のこと。
切り替わりの時期、バカが顕れる。
バカをみて、
あれはバカだと言っているスタイルと、
バカをみて、
あれはわたしだとおもえてしまうスタイルと。
肉体という二元性領域を携えながら、
ワンネスの領域で思考できる在り方。
思考している領域はワンネスの場なのだということに気づけた時、
善悪、損得といった概念は無効化する。
すっげー意味ないからそれ。
善悪と損得。
これを除いて思考する世界。
分離感が消える世界。
作用と反作用。
ネガとポジ。
それらを超越する視点。
ネガティヴなリアルも祝福なのだ、という視点。
いまわたしには、
世間一般でいうところのネガティヴなリアルがそそがれている。
でもそれは、
祝福以外の何物でもないことを、
すでにわたしは気づいてしまっている。
そう捉えたら、
荒唐無稽な想いがバンバン湧きあがり、
それはあり得ないでしょ♪とおもいながらもニヤニヤしてるわたしがいて。
わたしはヒトガミ。
すでにわたしはヒトガミだった。
誰でもすでにヒトガミだけど、
それに気づかなければヒトのまま。
ヒトのままだって素敵。
でも、
わたしはヒトガミしにきてる。
だからわたしはヒトガミ。
バカだとおもわれよーが、
頭おかしいとおもわれよーが、
わたしはヒトガミ。
だってそうなんだもん。
仕方がない。
そーゆー開き直り(笑)
開き直りが最強。
それはアングラ時代から知ってたこと(笑)
誰がなんと言おうと、
わたしがなんと言おうと、
わたしはすでにヒトガミなのだ。